自死してしまった人は、果たしてそれが本意だったのでしょうか?
誰にも分からないことですけど。
自分で命を絶つって、相当の決心がないと出来ませんもんね。
もしくは一切の雑念を消す。
一瞬でも迷ったら未遂になってしまいます。
でも、こうは言えないでしょうか。
死への感情の暴走に追いやられているって。
寝ても覚めても死しか考えない。
この死への感情は、果たして本意なのかということです。
経験上、こういう状態だった時、全く自分が分からなくなっていました。
瞬間的なノリだけで、そのまま逝ってしまうだろうという時期がありました。
自分が自分でないから、余計に混乱するんですよね。
自分はどうしたらいいのか。
死にたいことだけは分かっている。
じゃ、死ぬ前に死について少し考えてみてはどうでしょうか。
感情が暴走している自分を一回冷静にさせてください。
それから考えましょう。
愛や希望や傷みなんてクソくらえですよね。(笑)
死は美しいでしょうか。
誰かが待っているのでしょうか。
誰と離れ離れになってしまうのでしょうか。
絶望という名のドス黒い闇に目を向けないように。
闇に覆われてしまっている時は、絶対に良い判断ができていません。
遅かれ早かれ死ぬんだし、少しの間、現実世界の流れに委ねてみたらどうでしょう。
ryodanも何年かそんな感じでしたよ。
おかげさまでその時の、物理的な記憶はありますが、感情の記憶はすっぽりと抜け落ちているんですよ。
死ぬことは、ほぼ一回だけです。
その死を己に使うか、はたまた他人に使うか。
そういうこともチラッと考えてみましょう。
流れに委ねていても、心は疲弊しているので、楽ではありません。
傷はそんな簡単には癒えないでしょう。
傷の根源は、裏腹にのさばっているかもしれません。
でも断てばその後はないんです。
違う生き方っていう選択肢だってあるんです。
生きながらゼロにすることだってできなくないですよね。
自分は、今ではいつ死んでもいい心構えが出来ています。
ある意味、シンプルになりました。
参考までに。