自分なりの提案 | 等質な二度目

等質な二度目

最短距離がベストじゃない。目指すは安住の地
there is no reason when we think about friends    by k.yokoyama

自死してしまった人は、果たしてそれが本意だったのでしょうか?

誰にも分からないことですけど。

自分で命を絶つって、相当の決心がないと出来ませんもんね。

もしくは一切の雑念を消す。

一瞬でも迷ったら未遂になってしまいます。

でも、こうは言えないでしょうか。

死への感情の暴走に追いやられているって。

寝ても覚めても死しか考えない。

この死への感情は、果たして本意なのかということです。

経験上、こういう状態だった時、全く自分が分からなくなっていました。

瞬間的なノリだけで、そのまま逝ってしまうだろうという時期がありました。

自分が自分でないから、余計に混乱するんですよね。

自分はどうしたらいいのか。

死にたいことだけは分かっている。

じゃ、死ぬ前に死について少し考えてみてはどうでしょうか。

感情が暴走している自分を一回冷静にさせてください。

それから考えましょう。

愛や希望や傷みなんてクソくらえですよね。(笑)

死は美しいでしょうか。

誰かが待っているのでしょうか。

誰と離れ離れになってしまうのでしょうか。

絶望という名のドス黒い闇に目を向けないように。

闇に覆われてしまっている時は、絶対に良い判断ができていません。

遅かれ早かれ死ぬんだし、少しの間、現実世界の流れに委ねてみたらどうでしょう。

ryodanも何年かそんな感じでしたよ。

おかげさまでその時の、物理的な記憶はありますが、感情の記憶はすっぽりと抜け落ちているんですよ。

死ぬことは、ほぼ一回だけです。

その死を己に使うか、はたまた他人に使うか。

そういうこともチラッと考えてみましょう。

流れに委ねていても、心は疲弊しているので、楽ではありません。

傷はそんな簡単には癒えないでしょう。

傷の根源は、裏腹にのさばっているかもしれません。

でも断てばその後はないんです。

違う生き方っていう選択肢だってあるんです。

生きながらゼロにすることだってできなくないですよね。

自分は、今ではいつ死んでもいい心構えが出来ています。

ある意味、シンプルになりました。

参考までに。