朝日のような夕日をつれて 2014 | 等質な二度目

等質な二度目

最短距離がベストじゃない。目指すは安住の地
there is no reason when we think about friends    by k.yokoyama

鴻上尚史最新作。

前回の再演から17年ぶりだそうで。

今回もその時と同じメンツでの鑑賞。

話の筋もオチも分かっているのに面白い。

鴻上さんは、時代をすくい取るのが上手い!

今回はこの作品のタイトルについて考えてしまいました。

「朝日をつれて」だと、なんだか陽気な感じがします。

輝くような光に照らし出され、始まりの予感がします。

「夕日をつれて」だと、やはり終わりを予感させます。

では「朝日のような夕日をつれて」だと。。

朝日のような煌々とした光をつれて歩いてくるイメージが浮かびます。

でも、その後に続く終わりが、光が強烈に照らし出している分、光が強ければ強い分、影は濃くなり、漆黒の闇が絶望をイメージしてしまいます。

そして、あの「ごあいさつ」に書いてあった、ギリギリで生きている人たちを思い起こさせました。

ギリギリで生きていながら、ギリギリを振り回さない人たち。

光り輝いて生きていく彼らも、心の闇は深く濃いんじゃないかな。

劇中の台詞で、「今の精神構造は、自分が17歳の時の経験が土台になっている」みたいなのがありまして、早速具合悪くなりましたよ。

なんでそんなこと言うかなぁ。(笑)

イイことなのか悪いことなのか、闇は簡単には消えないですね。

ほぼ毎日、とりとめもなく考えてしまいます。

肯定的な日もあれば、否定的な日も。

残酷な日もあります。

既成事実として納得している分、怒りのぶつけようがない。

あれ?

何書いてんだろ?

そんなこんな考えながら余韻に浸ってます。