この向こうが海岸です。
荒涼とした更地がいっぱいに広がっています。
土地は、まだまだ塩分が抜き切れず、作物の育ちにも影響しているそうです。
電信柱が見えるでしょうか?
あのくらいの高さ(もっと高いかも)の津波がやってきた感じです。
高さにして約10メートル以上。
農作業する前に、山元町の役場の方が被災当時の状況を案内してくれました。
屋根裏部屋で津波被害を免れた小学校に行きました。
写真には撮れなかったです。
あまりにも生々しくて。
屋根裏部屋から見える更地、言葉が出ませんでした。
駅にも行きました。
何もかもが無でした。
言葉足らずですいません。
ここから這い上がって生きていくのは、並大抵のことではないと思います。
復興という一語で済まされる状況ではなかったです。
ここと東京で起きていること、例えば電気の事や永田町の事、乖離しすぎています。
それ故に言葉が出ませんでした。
