登録者150万人超え!着物姿で家庭料理をつくる女性YouTuberが海外でバズるまでの葛藤 | 中谷良子の落書き帳

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着物姿で家庭料理を作られるという主旨の世界発信は素晴らしいのですが・・・ご本人が幸せならそれでよいのですが私は、やはり個人主義的というか、今の甘ったれたような「私を理解して!」的な性格の現代女性は、なかなか理解しにくいです。



着物姿で日本の家庭料理を作る動画が海外で人気のMOEさん。祇園の芸妓を結婚を機に引退。憧れの海外生活をするも、外とは遮断され家庭にこもりっきりの生活に疑問や葛藤を感じるように。当時はしかたなく作っていた家庭料理を、世界に発信するまでに何があったのでしょうか?



── 東京での暮らしはお金がかかりますものね。その後、現在のご主人と出会ったのでしょうか。

■高校1年生の夏休みの宿題がきっかけで舞妓に
── 着物姿で日本の家庭料理を紹介するYouTubeチャンネル「Kimono Mom」登録者数は150万人に超えています。美しい着こなしと所作が光りますが、どこで身につけたのですか?

MOEさん:私は京都の祇園で舞妓(まいこ)・芸妓(げいこ)をしていました。

私自身が京都出身で、祖父が着物関係の仕事をしていたので着物に親しみは感じていましたが、舞妓の仕込み(修行)に入るまでは着物のたたみ方もあやふやでした。

── 舞妓希望者は、一般的に中学卒業後すぐ親元を離れて置屋(舞妓・芸妓が生活する住居)に入りますが、MOEさんが若くして職業に選んだ理由は?
MOEさん:高校1年生の夏休みの宿題のために、京都の職人さんや舞妓さん・芸妓さんに取材したのがきっかけです。さまざまな職業の方が京都を支えている様子に感動して、自分もその一部になりたいと。京都生まれの母は大反対でしたが、最終的に父が「自分の人生だから自分で決めなさい。でも自分で決めたことには、責任を持ちなさい」と送り出してくれて、その後、置屋さんにお世話になりました。

── まだ少女のうちに手放すわけですから、親は不安になりますよね。舞妓・芸妓の世界は修行が厳しいイメージですが、実際はいかがでしたか?
MOEさん:それまでの、家では身の回りのことは家族に任せきり、高校生活を友人と謳歌する生活とは大違いでした。朝起きた瞬間から部屋の掃除、お姉さん(先輩)方の手伝い、お稽古、挨拶まわり。生活面まで一つひとつ教えていただき、すべてにおいて学び直しでしたが、おおらかなお母さん(置屋の女将)に支えていただきながら育ててもらいました。

── そんな祇園での経験は、現在のMOEさんの活動にも活きていますか?
MOEさん:はい、それはもう、祇園にいなければ学べなかったことは多いです。着物の所作、日本人ならではの気づかいや挨拶のしかた…。お箸の使い方、お茶の出し方ひとつとっても、お客様から見て美しい動きが研究されており、すべてお母さん、お姉さん方から教えてもらいました。

■結婚して家事をこなすなかで気づいた自分らしさ── 16歳で舞妓の世界に飛び込み、20代で引退。これは早いほうでしょうか、これからという時期に、もったいないような気もします。
MOEさん:舞妓・芸妓の世界では90歳近くまで現役の方もいれば、20歳前後でやめて専門学校や大学に進む人もいるなどさまざまです。

私の場合は結婚のために引退。夫から「専業主婦になって家庭に入ってほしい」と言われました。でも、お米を研いだこともないので、新婚生活を送る東京で料理教室に通うところから始めることに。彼が東京と海外を行き来する生活をしていたので、私も彼と一緒に海外で生活を。自宅にお客さんを招いて料理をふるまう機会が多く、海外で日本食を作る大変さも身に染みましたね。結果、現地での食材の入手方法、調味料の工夫など、YouTube動画制作でヒントとなりました。

── 私も経験がありますが、海外で日本食を作るって本当に大変ですよね。ゼロから料理教室に通って、毎日、料理を作る日々で感じたことは?
MOEさん:彼の希望で家庭に入りましたが、だんだん疑問がわいてきたんです。このままずっと家にいて、彼のために日本食を作り続けるのが私の人生なのか、“誰々の奥さん”と呼ばれるばかりで、私個人の存在って?外とのつながりが欲しい、自由になりたい。自分の収入があれば、自由になれるのかもしれない。働きたい気持ちと葛藤する日々でした。そうしたなかで考え方があわなくなり、数年後に離婚しました。

■バイトで食いつなぐなかで出会ったいまの夫
── ご主人はMOEさんの変化を受け入れられなかったのですね。離婚後は京都に戻られたのでしょうか?

MOEさん:京都には戻りませんでした。東京に出てきたとき、京都しか知らない私は「こんなに世界は広い」「東京ってなんて自由なの」とハッとしたんです。良い意味で、隣の人が何をしようと関知しないですよね。離婚後、自分の名前で初めて部屋を借りました。多くの会社に応募したり、つてを頼ってアルバイトや事務職をかけもちしながらなんとか食いつなぎました。東京でひとり暮らしするって、なんて大変だろうと。

── 東京での暮らしはお金がかかりますものね。その後、現在のご主人と出会ったのでしょうか。
MOEさん:もう二度と結婚しないと決めていましたが、出会った彼(現在の夫)は私を尊重してくれる人なので、この人とならやっていけると確信。“僕は僕、あなたはあなた”と、過度に干渉しない姿勢が楽でした。思い返せば、祇園も最初の結婚生活も、男性をたてる世界でした。離婚後はつらいできごとも経験し、私は“本当の自由を得たのか”、“自分の判断は正しかったのか”と、考えあぐねたことも。でも、苦しいなかで「自分の気持ちに正直に生きよう」とはっきり悟った時期でもあります。このときの経験が、のちに自分が大好きな着物を着て等身大の日常を発信する原動力となりました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/021a61a408fc888713fa2a1ee3746c988e568ce4?page=1

PROFILE MOEさん

京都府出身。祇園で舞妓・芸妓として活躍。2020年2月にYouTubeチャンネル「Kimono Mom」を開設、2023年1月末時点で登録者が150万人近くに。海外メディアでの掲載多数。3歳児のママ。

取材・文/岡本聡子 画像提供/MOE