27日未明に沖縄市宮里の路上でバイクに乗っていた男子高校生(17)=同市=が巡回中の男性警察官(29)と接触し、高校生が眼球破裂で右目を失明した事故で、警察官が接触時、手に警棒を持っていたことが県警関係者への取材で分かった。搬送された高校生は救急隊員や母親に「右側から警棒で殴られた」と証言している。沖縄署は今後高校生からも話を聞くなどして状況を詳しく調べる方針。
署はこれまで「警察官がバイクを停車させ職務質問しようとして右手が当たった」と説明。通常は腰に提げている警棒を手にしていたかどうかは明らかにしていなかった。左右どの手に警棒を持っていたか、棒が高校生に当たったかなど、詳細は調査中としている。署内では29日も署長らが同事案について会議をした。
県警関係者によると、当時男性警察官は市内で発生した暴走行為の警戒でパトカーを降り、徒歩で巡回していた。現在は同僚警察官の目撃の有無、周辺の防犯カメラ映像の分析などを進めているとみられる。
同事故では高校生が大けがをした様子がインターネットの動画で拡散。27日深夜から翌28日未明に若者ら300~400人が沖縄署を取り囲んだ。一部が暴徒化し署のガラス窓や警察車両が壊されたため、署は器物損壊容疑でも調べている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/5c45ae8ffaba24faf227abe67ee9d1253d0072cf

私は警察側の味方をしているなどではなく、正直に思ったままを書かせていただきます。
これは集団暴走などという危険・迷惑・飲酒運転、法律違反をしていた少年の自業自得です。
乳飲み子を抱えた友人曰く、子供を寝かしつけた後の深夜の暴走などはバケツを引っ張り出してきて家から出て、暴走族に水を浴びせたいくらいの怒りを覚えると仰ってました。
本土では絶滅危惧種の“ヤンキー”が大手を振るって歩いているような沖縄ですからね。毎年、大勢のヤンキーが集まり、集団暴走、乱痴気騒ぎを起こす成人式も全国的に知られていますね。
沖縄では、行く末は過激派テロリストになりそうな勢いなので、きっついお灸を据えられて当たり前だと思います。その代償は高くついてしまいましたね。
この少年は裏を返せば加害者になる可能性すらありましたし、交通事故に誰かが巻き込まれ、死者が出たかもしれないのですよ。いちびりは、半殺しの目に遭わされて当然です。
社会をナメているから、こうなるのです。誰も同情しません。
この警察官も、当事者ではないのでわかりませんが仮に少年を殴ったとしても悪意をもって眼に狙いを定めて殴ったのではないと思います。乱闘に近い時に、意図的にそのような行いができると思えませんし、この少年は「救急隊員にも殴られた」と発言していたとの情報も見たのですが、さすがにそれはデマだとしか思えません。
それより沖縄県警前の暴動映像を拝見しましたが、完全にナメられてますね。機動隊弱すぎでしょ・・・やられ放題やん・・・
沖縄県警の皆様、大阪府警を見習ってくださいませ。
中川家の寄席2021「大阪府警のガサ入れ」
経済の安定、国防、警察、防疫、交通安全、すべて悪に備える姿勢が基本的に必要なわけです。日本国民のために日々キチガイに付き合わされ、汗水垂らして働いてくださる警察官や、自衛隊の皆様に心より感謝を申し上げ、敬意を表したいと思います。本当に大変なお仕事だと思います。
戦後教育の最大の失敗は「徳育」を教えなかったことです。体力と知能は2つの車輪のように、どちらの力も同じように伸ばすのが徳育ですが、それに第3のものが加わらなければ、教育は完成しませんし、人間らしい人間もできません。
つまり徳育を教えるのは難しいという話を何度か聞きましたが、算数や国語を教えるには技術が必要ですが、人を殺してはいけない、人の物を盗んではいけない、人に迷惑をかけてはいけない、人には挨拶し、何かしていただいたら「ありがとうございます」と感謝し、困った人がいたら手を差し伸べ、人の幸福を喜び、それを態度で見せる。
こんなことはアホでも語れることです。そういうことですら、子供達は母親から少しも確実に教えられていません。私も人様に偉そうに能書きを垂れる人生を歩んできたわけではございませんが、年を重ねるごとに見えてくるものがあります。
大切なことをしつけるのは、すべて親の務めです。
日本人が幼児化した最大の原因は、戦後の“ゆとり教育”です。それは、親と教師と社会すべての立場の失敗で、学校だけの責任ではありません。総じて、大人達が適切な愛情と厳しさで子供達に接することなく、ただ自由がいいということで、甘やかし、子供が嫌がることは一切させなかった結果です。
学齢期までの子供のしつけは、親の責任です。
挨拶ができること、単純な善意をわきまえること、我慢することなど、生活の基礎的訓練を終えて社会に出すのが、親の務めなのです。しかし今の親は、それをまったくしない。母親は平気で男言葉を使い、酷い日本語を子供や夫に使い、「ありがとう」すら、まともに言えない若者もいます。
私も散々、人様に迷惑をかけ、我儘放題で生きてきましたが、今だからこそ言えることは、子供には世の中の理不尽さも体験させ、「忍耐」「恥」を教えるべきなのだと思います。
社会をナメているから、こうなるのです。誰も同情しません。
この警察官も、当事者ではないのでわかりませんが仮に少年を殴ったとしても悪意をもって眼に狙いを定めて殴ったのではないと思います。乱闘に近い時に、意図的にそのような行いができると思えませんし、この少年は「救急隊員にも殴られた」と発言していたとの情報も見たのですが、さすがにそれはデマだとしか思えません。
それより沖縄県警前の暴動映像を拝見しましたが、完全にナメられてますね。機動隊弱すぎでしょ・・・やられ放題やん・・・
沖縄県警の皆様、大阪府警を見習ってくださいませ。
中川家の寄席2021「大阪府警のガサ入れ」
経済の安定、国防、警察、防疫、交通安全、すべて悪に備える姿勢が基本的に必要なわけです。日本国民のために日々キチガイに付き合わされ、汗水垂らして働いてくださる警察官や、自衛隊の皆様に心より感謝を申し上げ、敬意を表したいと思います。本当に大変なお仕事だと思います。
戦後教育の最大の失敗は「徳育」を教えなかったことです。体力と知能は2つの車輪のように、どちらの力も同じように伸ばすのが徳育ですが、それに第3のものが加わらなければ、教育は完成しませんし、人間らしい人間もできません。
つまり徳育を教えるのは難しいという話を何度か聞きましたが、算数や国語を教えるには技術が必要ですが、人を殺してはいけない、人の物を盗んではいけない、人に迷惑をかけてはいけない、人には挨拶し、何かしていただいたら「ありがとうございます」と感謝し、困った人がいたら手を差し伸べ、人の幸福を喜び、それを態度で見せる。
こんなことはアホでも語れることです。そういうことですら、子供達は母親から少しも確実に教えられていません。私も人様に偉そうに能書きを垂れる人生を歩んできたわけではございませんが、年を重ねるごとに見えてくるものがあります。
大切なことをしつけるのは、すべて親の務めです。
日本人が幼児化した最大の原因は、戦後の“ゆとり教育”です。それは、親と教師と社会すべての立場の失敗で、学校だけの責任ではありません。総じて、大人達が適切な愛情と厳しさで子供達に接することなく、ただ自由がいいということで、甘やかし、子供が嫌がることは一切させなかった結果です。
学齢期までの子供のしつけは、親の責任です。
挨拶ができること、単純な善意をわきまえること、我慢することなど、生活の基礎的訓練を終えて社会に出すのが、親の務めなのです。しかし今の親は、それをまったくしない。母親は平気で男言葉を使い、酷い日本語を子供や夫に使い、「ありがとう」すら、まともに言えない若者もいます。
私も散々、人様に迷惑をかけ、我儘放題で生きてきましたが、今だからこそ言えることは、子供には世の中の理不尽さも体験させ、「忍耐」「恥」を教えるべきなのだと思います。
子供というのは、親に優しくかまってもらいたい反面、時には厳しく叱ってもらいたがっているものです。高圧的に言われると、たいていの子供は、その時は反発しますが、後で考えてみると、それだけの人生観を持っていた親を好きになるのが普通だと思います。
この少年も早く悪いお友達と手を切り、自身の欠点、厳しいことも、きちんと指摘してくれるお友達と巡り会えることを祈ります。