【ご協力お願いします】令和3年度(2021年)使用中学校教科書採択でまた北朝鮮の妨害! | 中谷良子の落書き帳

中谷良子の落書き帳

核武装・スパイ防止法の実現を

来年度の中学校教科書採択が始まっています。育鵬社教科書不採択運動を共産党をはじめとする北朝鮮一派が繰り広げ、暗躍しています。しかも『害毒教科書』呼ばわりです。

是非皆様がお住いの各市町村で、令和2年度教科書展示会が行われております。是非、足をお運びいただき、アンケートなどがあればご協力お願いします。


●令和2年度教科書展示会・全国会場一覧
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/tenji/1359114.htm



極端に左傾化し、共産主義を礼賛し、綺麗ごとだけを教えて『粛清』等で無数の犠牲者を出した事実や、共産党が殺人テロを犯した政党であること、コミンテルンの存在等の『現実』を教えていないというのに、以下のサヨク教師の教育委員会への要望書をお読みください。怒りに震えます。

日本人の自信を喪失させ、近隣諸国条項最優先の自虐史観しか植え付けない教科書の見直しを働きかけ、日本の未来を担う立派な大人に成長するために必要な文武両道、武士道、独立自尊の精神、日本の道徳心、伝統と文化、郷土愛、健全な愛国心を培える中立的な育鵬社教科書を目の敵にするような組織の圧力に屈することのないよう皆様からも負けないように要望をお送りください。

日本人より反日朝鮮人、中国人優先!吉田松陰、橋本左内、坂本龍馬、西郷隆盛を侵略者であると教え、歴史から封印するような教科書を絶対に許してはなりません。この問題は北朝鮮が背後で必ず絡んでいる問題で非常に重要なのですが、保守層の方々もウケが良い、浸透しやすい話題には簡単に飛びついて拡散してくださるのですが、教科書採択問題には、なかなか重い腰を上げてくださいません。

しかしこれは全力で取り組んむべき問題です。私個人の力では、限界がある問題です。


インターネット番組などでも、ただ単に時事ネタを報道するだけでなく、全国のユーザーの方々に教科書採択の存在、教科書の見本本の展示会のお知らせなどを告知してくだされば『ビジネス保守』などとレッテルを貼られないと思います。

なんやかんや批判されているチャンネル桜ですが、相容れない部分もありますが教科書採択問題については北海道の方々なども取り上げておられますし、二瓶議員も取り上げておられますし、南木倶楽部の皆様、荒巻さんも一石を投じ、水面下で動いていらっしゃる無数の日本人有志の方々もいらっしゃいますので、こういった大問題が生じた際は、たとえ日頃、意見が違えど、片手で錐は揉まれぬ。錐(キリ)は両手を使わねば、木に穴を開けることが出来ません。物事を成し遂げるためには、力を合わせることが大事。

今の堕落した日本人を量産している、そもそもの元凶はテレビと教育なのです。教科書問題を避けて通るのは本物の保守ではありません。

過去に私が行った『育鵬社教科書支持』の街宣がテレビ番組に取り上げられた時のものです。動画をご覧いただければおわかりになると思いますが、もの凄い数の朝鮮人に壮絶な妨害を受けました。

知られざる教科書採択ウラ 平成27年7月17日 ニュースリアル特集


サヨクの育鵬社教科書猛攻撃、運動についての詳細。北朝鮮教職員組合・日教組教師が全国各地に出している要望書です。下矢印

★2021年度使用中学校教科書採択についての要望書★

新型コロナによる厳しい状況下、貴教育委員会の教育へのご尽力に敬意を表します。
さて、お忙しい中にあっても、来年度から使用される中学校教科書の採択業務がおこなわれていることと存じます。子どもたちが平和で民主的な社会の形成者として健やかに育つことに役立つ教科書が、公正で公平な手続きを経て採択されるよう、私たちは強く願っております。

しかるに教科書の中には、「愛国心」や「自己犠牲」、「国民の義務」や「国防の重要性」などを過度に強調し、「人権」や「平和」といった民主的な社会の重要な価値観を軽視した教科書が社会科歴史・公民、および道徳にあります。私たちはそのような教科書が採択されないよう、以下、その理由も含めて要望書を提出いたします。教育委員、選定委員のすべての方にお読みいただき、正しい教科書採択をおこなっていただきますよう、切にお願い申し上げます。

1「育鵬社歴史」教科書は採択しないでください。
<理由 その1 歴史教科書を選ぶ視点から>

(1)歴史学習の目的は、過去を振り返り、教訓をこれからの社会に活かしていくことにあります。そのためには過去の歴史を美化するのではなく、つらい過去でも向き合い、なぜそんなことになってしまったのかを考える歴史教科書が必要です。

特に日本は明治維新以降、侵略戦争と植民地支配によって、多くのアジアの人々を犠牲にしただけでなく、結局は第二次世界大戦に敗れ、日本国民も300万人以上が命を失いました。その結果、二度と戦争をしてはならないという痛切な思いから戦後の平和憲法が作られ、民主教育の重要な要として社会科は位置づけられました。

一面的な「日本人の誇り」を刷り込み、排外的な「愛国心」をふくらませるための歴史教科書ではなく、良かったことも悪かったことも冷静に伝える教科書で、子どもたちには歴史を学んでほしいと考えます。

(2)また歴史は、しばしば支配者・英雄の活躍物語として語られますが、いつの時代も多くの民衆が社会を支え、少しでも暮らしを良くしようと努力し、時には支配者に抵抗し、社会を変えようとしてきました。歴史を多面的に学習するために、そうした民衆のくらしや活動を、生き生きと伝える教科書で、子どもたちには学んでほしいと考えます。

(3)ところが実際の歴史教科書は、学習指導要領に縛られているため、これらの視点がどんどん軽んじられてきました。時の政権の歴史観を刷り込む道具のような教科書すら出てきています。しかし他方で、本当に大切なことを子どもたちに伝えようと努力している教科書もあります。そのような教科書をぜひとも採択していただきたいと考えます。

<理由 その2 「育鵬社歴史」教科書の問題のある記述例>
(1)「育鵬社歴史」教科書は、日本をすばらしい文化を持った国だと過度に礼賛する「日本すごい史観」「日本中心主義史観」から書かれています。

例えば、大阪府の堺市にある大仙古墳を、エジプトのクフ王のピラミッドや秦の始皇帝陵と比べ、日本も「高度な土木技術をもっていた」と大仙古墳のすごさ(面積)を強調しています(p.39)。

しかし、クフ王のピラミッドは大仙古墳より約3000年も前に作られ、始皇帝陵は約600年前に作られた、両方とも高度な石組みの建造物です。それに対して大仙古墳は、はるか後の5世紀に作られましたが、土を盛り上げる技術しかなかったので底面積を大きくした建造物です。

時代も技術レベルも違うものを比べて、面積の大きさだけで評価するのは歴史学の非常識です。根拠のない「日本すごい」教育は、子どもたちに客観性のない自己中心的な優越感を植えつけるだけです。将来、子どもたちが外国に行って「日本の大仙古墳はエジプトのピラミッドや始皇帝陵より大きい」と自慢したら、物笑いの種にされ、日本という国はどんな歴史教育をしているのかと疑われるのではないでしょうか。

(2)「育鵬社歴史」教科書は、日本の侵略戦争・植民地支配を正当化し、加害の記述がほとんどありません。

例えば「韓国併合」では、「韓国服の伊藤博文」の写真を載せて(p.200)、日本が朝鮮文化を尊重していたかのようにイメージさせています。他社は、韓国皇太子に和服を着せた写真を載せています。伊藤博文は韓国皇太子を留学と称して日本に連れて来て、日本式の教育をしましたが、実質は人質でした。どちらの写真が日本の植民地支配の実態を表しているでしょうか。

また「韓国併合後の朝鮮の変化」を示す表を掲載し(p.201)、米の生産量が増え、学校も増え生活が良くなったようにイメージさせます。しかし増えた米は日本に持って行かれ、朝鮮の歴史や朝鮮語の授業が禁止されていったことなど、マイナスの面には一切触れていません。

(3)「育鵬社歴史」教科書は、「なでしこ日本史」(p.68、p.102、p.154、p.214、p.256)として、歴史上有名な女性の特集ページを設けていますが、女性をあくまでも「男性を支える存在」としてしか記述していません。「なでしこ日本史」は、女性の活躍を取り上げているように見せて、その実、性別役割分業を前提にしており、女性差別の教材です。

2「育鵬社公民」教科書、「自由社公民」教科書は採択しないでください。
<理由 その1 公民教科書を選ぶ視点から>

(1)公民学習の目的は、「主権者」としてふさわしい資質を身につけることにあります。日本国憲法の三原則は「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」なので、公民教科書もこれらをきちんと学べるものでなければなりません。しかるに近年、戦前の「大日本帝国憲法」を理想とし、憲法三原則を事実上否定するような公民教科書が作られ、その他の教科書も影響を受けるようになっています。

日本国憲法は「平和憲法」とも呼ばれ、明治維新以降、アジアの大国を目指して侵略戦争を続けた結果、破滅的な犠牲をもたらしたことへの痛切な反省から生まれたものです。この憲法をないがしろにし、「国防」「義務」を子どもたちに押しつける教科書ではなく、人類普遍の民主主義の原則である「人権・平和・共生」の大切さを伝える公民教科書を選んでください。

(2)公民学習の中でもっとも大切なのは、「人権」についての学習です。「お国があってこその国民だ」と、国民一人一人よりも国家の方を優先する考えに基づいて、「個人の尊厳」「個人の権利」は「わがまま」「利己主義」の源泉であるかのようにいう主張もありますが、一人一人が大切にされなければ、「自由」や「平等」は一部の権力を持った人たちだけのものになり、弱い立場の人は「自由」も「平等」も享受できません。すべての人が大切にされる社会のあり方を考える公民教科書を選んでください。

(3)公民教科書は政治分野の記述に目が行きがちですが、経済分野の記述も重要です。近年、経済の「新自由主義」が盛んになるにつれ、若者の「起業」が奨励され、「もしあなたが経営者になるとしたら」などのテーマで、経済の学習を進める公民教科書が出てきています。

しかし子どもたちのほとんどは経営者にはなれず、どこかで雇用される労働者になります。したがって「労働者の権利」「労働法」「社会保障」について学ぶことが非常に重要であるにもかかわらず、以前ほど教科書に記述されていないため、卒業後、無防備なままアルバイトをしたり就職して、不利益を受けても身を守れない状況が生まれています。経済分野がどのような視点で記述されているかにも注目して、公民教科書を選んでください。

<理由 その2 「育鵬社公民」教科書の問題のある記述例>
(1)「育鵬社公民」教科書は、安倍首相、天皇、自衛隊の写真が突出して多く、安倍政権の広報誌のような教科書です。安倍政権は戦前の大日本帝国を理想とし、「改憲」を最大の目標とする政権ですが、そのため子どもたちを「改憲」へと導く流れですべての記述がされています。

①「育鵬社公民」教科書は、「立憲主義」の説明がまちがっています。「憲法にのっとって国を運営していくことが立憲主義」と説明していますが(p.39)、これは法治主義の説明です。他社は「憲法によって国家権力を制限するのが立憲主義」(教育出版p.42)と記述し、民主主義を実現するためには、権力の独裁化を憲法で制限する必要があるという近代国家の原理をちゃんと説明しています。

②「育鵬社公民」教科書は、日本国憲法より戦前の大日本帝国憲法を重視し、日本国憲法はGHQが「1週間で憲法草案を作成した」押しつけ憲法だと非難しています(p.41)。確かに日本国憲法は連合国による占領下で、GHQ主導で作られたことは事実ですが、もともと日本政府が作った草案が大日本帝国憲法とほとんど違わなかったことから、GHQが急いで作成したという経過があります。その後、戦後選出された国会議員や多くの憲法学者がかかわり修正され今の憲法になりました。そして二度と戦争をしたくないと願う日本国民はこの憲法を「平和憲法」としてずっと大事にしてきたのです。

③「育鵬社公民」教科書は、「各国の憲法改正回数」の表を載せ、「無改正」の日本は異質であるかのようなイメージを与えています(p.52~53)。しかし、回数の多いドイツと日本の憲法体系の違いを無視して回数を比べても意味がありません。ドイツは法律で扱うような具体的なことも憲法に記載するので、改正回数が多くなっているのです。比べられないものを比べて、都合のよい結論を導くのは、「育鵬社歴史」教科書と同じ手法です。

④「育鵬社公民」教科書は、第9条(戦争放棄)、第96条(改正の手続き)など、安倍政権が変えようとしている項目について、子どもたちに賛否の討論をさせます(p.72~73)。安倍政権の9条改憲案(第三項を追加)も論点とされており、あきらかに子どもを「改憲」に誘導しています。

アフガニスタンで医療と農業復興のために尽くした医師の故中村哲さんは、「平和憲法」のおかげで日本はテロの標的とならずにすんでいると語り、憲法9条を変えて日本が再び戦争をする国になることを厳しく批判しました。故中村哲さんの言葉を私たちはもう一度かみしめなければならないのではないでしょうか。

(2)「育鵬社公民」教科書は、基本的人権を軽視した教科書です。基本的人権の大切さより、「基本的人権の制限」や「国民の義務」を強調しています(p.46~47)。

また排外主義ではないかと厳しく批判された曽野綾子氏の言葉「人は一つの国家にきっちりと帰属しないと『人間』にもならない」を相変わらず掲載しています(p.11)。これでは国籍のない在日朝鮮人や難民は「人間」ではないことになってしまいます。

現代社会は交通・通信・貿易の発達によって国境を越えて人々が移動し、どの国も国籍にこだわらず多民族共生、多文化共生が求められています。「育鵬社公民」教科書は子どもたちに狭い「愛国」を強制し、広い視野で生きる力を奪う教科書です。

(3)「育鵬社公民」教科書は、2011年の東日本大震災に伴う福島原発の爆発事故の反省が不十分で、「核融合発電」をクリーンエネルギーと紹介しています(p.177)。大事故を起こした福島原発は核分裂を利用した原子力発電でしたが、「核融合発電」も原発であることに変わりはありません。技術的にも難しく危険性はむしろ大きく、放射性廃棄物も大量に出るといわれています。東南海地震が遠からず来るといわれているこの日本で、これ以上原発を増やしてどうするのでしょうか。

(4)「育鵬社公民」教科書は、2025年の「大阪万博」を大きく取り上げています(p.198~199)。安倍政権の推進する「Society5.0」を全面賛美して、「だれもが快適で活力に満ちた質の高い生活を送れるようになります」とバラ色の未来を描きます。しかしSociety5.0」の要となる「5G」(第5世代移動通信システム)ひとつをとっても、大容量の電磁波が人体に与える影響が心配されています。問題点を一切示さず、政権の宣伝パンフレットのような教科書は許されません。

<理由 その3 「自由社公民」教科書の問題のある記述例>

「自由社公民」教科書は、「育鵬社公民」教科書をもっと極端にしたような内容で、戦前のような天皇の臣民づくりのための教科書です。

(1)「自由社公民」教科書は、「天皇のお仕事」を特集し、天皇の日常を詳しく説明しています(p.68~69)。「宮中祭祀」が列挙され、「古代から伝わる天皇の大切な仕事は、神々に祈りを捧げることである」と、宗教的な存在であることを強調しています。これは日本国憲法の「天皇」についての定義を逸脱し、戦前のように天皇を神格化するものです。

(2)「自由社公民」教科書は、「国民」より「国家」や「政治権力」を重視し(p.44~45)、「国防」の重要性を強調し、自衛隊の最新兵器を掲載しています(p.82)。また「海をめぐる国益の衝突」(p.174~175)では、周辺諸国との対立を強調し、ここでも国防の重要性を強調しています。子どもたちに「愛国兵士」になれと煽る危険な教科書です。

3「日本教科書」と「教育出版」の道徳教科書は採択しないでください。
<理由 その1 道徳教科書を選ぶ視点から>

(1)人間が社会生活を営むかぎり「道徳」も「規則」も必要ですが、その根底には「個人の尊厳」「基本的人権の尊重」がなければなりません。

「人権」保障のない「道徳」や「規則」は抑圧の道具になってしまうからです。実際、過去の時代には、支配者に都合のいい「道徳」や「規則」が民衆に押しつけられ、戦前は「教育勅語」の「忠君愛国」道徳が子どもたちに刷り込まれました。

天皇の臣民としてお国のために命を捧げることが国民の使命であると教えられ、多くの国民が戦争に駆り出され、他国民を殺し、自らも命を失いました。この過ちを繰り返してはなりません。

(2)道徳は人々の日常生活に役立ち活かされるものでなければなりませんが、それだけに一見矛盾した道徳が併存します。例えば「嘘をついてはいけない」というのは基本的な道徳ですが、他方で思いやりのための「嘘も方便」という道徳もあります。どちらもまちがいではなく真理です。

このように一見真逆のことを、人は現実の生活の中で必要に応じて使い分けてきました。道徳の学習では、特定の結論を押しつけるのではなく、いろいろな考えが成り立つ中で、各自が最良の選択をする力を身につけることが大切だと考えます。

(3)しかるに学習指導要領では、道徳学習で学ぶべき「22の内容項目」(徳目)を設定し、それを子どもたちが習得したか否かを評価するとしています。他教科のように数値評価をし、高校入試の判定資料に使うことは今のところありませんが、各教材は「22の内容項目」のどれかを学ぶための教材であり、評価もされるため、結局は「正しい答え」を子どもに押しつけることにしかなりません。

「主体的、対話的で深い学び(アクティブラーニング)」が奨励されていますが、特定の結論に子どもを導こうとするため、アクティブラーニングは形だけのものになっています。

(4)「内容項目」は「自主・自律・自由と責任」に始まり、「より良く生きる喜び」まで22項目ありますが、「人権尊重」の言葉はどこにもありません。「自己責任」「遵法精神」「公共の精神」「家族愛」「愛国心」などを学ぶのが道徳学習とされ、これでは「個人の尊厳」より「国家」を重んじる道徳教育になる危険性があります。

(5)学習指導要領に縛られているため、どの道徳教科書にも問題がありますが、それでも「人権尊重」を基本にすえて編集されている教科書もあります。教材の一つ一つを吟味し、民主的な社会の形成者にふさわしい道徳性を身につけるために、より良い教科書を採択してください。

<理由 その2 「日本教科書道徳」教科書の問題のある教材>
(1)「日本教科書道徳」は人権侵害教材が極めて多い教科書です。

①1年「永久欠番42」(p.92)は、黒人初の大リーガーとなったロビンソンの話です。契約条件は、差別されても「やり返さない勇気」を持つことでした。当時はロビンソンのように差別に耐え、自分の価値を認めさせることによって、差別を克服することが美化されました。

しかし今日では、差別は差別される側に問題があるのではなく、差別する側、差別を放置する社会に問題があると定義した人種差別撤廃条約が国際的な基準です。この教材には公民権運動などを通じて差別を撤廃してきたことも一切出てこず、あくまで個人の努力を要求するのは、差別をなくす取り組みを歪めることにしかなりません。

②2年「14歳の責任」(p.8)は、14歳からは刑事責任能力が問われると罰則を強調する非道徳的な教材です。イジメで被害生徒を自殺させた場合、少年院送り、地元では針のむしろ、賠償金の支払いは一生続くと脅しつけています。これが“心を育てる道徳教育”といえるでしょうか。

③2年「雨の日のレストラン」(p.54)は、若者の長時間労働を肯定し強制する教材です。毎日の残業にヘトヘトになりながらも、忙しいのは自分だけではないと知り、友人たちとの会食のあと、また会社へもどって働くなどというのは、労働基準法違反を堂々と勧めるあきれた教材です。こんな教材で学べば、子どもは将来働くことに希望を持てないのではないでしょうか。

④3年「ライフ・ロール」(p.100)は、共働きの女性が親の介護のために自分のキャリアアップをあきらめるという話です。結婚した女性は、たとえ仕事をもっても家庭を優先すべきと教える男女の役割分業・女性差別の教材です。

(2)「日本教科書道徳」だけが「22の内容項目」ごとに、子どもに数値で自己評価(レベル1~レベル4)させています。教員は数値で評価しないにもかかわらず、子どもに数値評価させるのは矛盾しています。さらに「理想の人物はだれか、その人物に何パーセント近づいたか」まで書かせています。特定の人物の特定の側面だけを美化した教材を学習させ、その人物をロールモデルにさせるのは、子どもたちの視野をせばめ、一面的な価値観のもとに行動させることにしかなりません。

<理由 その3 「教育出版道徳」教科書の問題教材>
「教育出版道徳」教科書は偉人伝が多く、勤王の志士を美化しています。

①1年「都道府県にゆかりのある人物と、その言葉」(巻末)・・・吉田松陰(山口県)、橋本左内(福井県)、坂本龍馬(高知県)、西郷隆盛(鹿児島県)。吉田松陰は早くからアジア侵略を唱え、西郷隆盛は征韓論を唱え、のちの日清・日露戦争に大きな影響を与えた人物です。また坂本龍馬は武器商人でした。このような人物たちを子どもたちの道徳的モデルにできるでしょうか。

①2年「復旧にとどまらず、復興を~後藤新平~」(p.122)は、関東大震災後の東京の復興を手掛けた後藤新平の偉人伝です。後藤新平はボーイスカウト連盟の初代総裁で、「自治三訣」として「人のお世話にならぬよう、人のお世話はするよう、そして報いを求めぬよう」という言葉を残しました。

この中の「人のお世話にならぬよう」は自立の勧めですが、今日的には見直す必要のある言葉です。障がいや病気、失業など何らかの理由で、自分だけでは生活が立ち行かない場合は、遠慮なく人に助けを求めてよいし、社会も国も個人を助けなければならないというのが、現代の社会福祉の考え方だからです。

4 子どもたちとって、より良い教科書を採択してください。
「育鵬社歴史」「育鵬社公民」「自由社公民」「日本教科書道徳」「教育出版道徳」は、日本会議などの保守勢力が関わって作成した教科書です。特に「日本教科書道徳」は、「嫌韓本」や「児童ポルノ本」で知られた「晋遊舎」の全面的支援を受けて作成されており、道徳を語る資格があるのか疑わしい教科書です。

これらの教科書は子どもたちが学ぶのにふさわしい教科書ではなく、むしろ害毒を流す教科書であり、採択してはならない教科書です。採択にあたっては現場教員の意見を尊重し、また市民の意見も参考にして、より良い教科書を採択してくださるように切にお願いいたします。

中谷良子ツイッター
https://twitter.com/ryoko__nakaya