皆様、お健やかに初春をお迎えのことと存じます。
本年も地道に努力を積み重ね、日本のため、誠心誠意頑張っていきたいと思っておりますので、ご指導、ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。
私の今年というよりも毎年の抱負は「不撓不屈」です。
皆様にとって、新しい年が幸大き年でありますよう心からお祈り申し上げ、ご皇室の安寧をご祈念申し上げます。
産経新聞の音楽プロデューサー、つんくさんと安倍首相の新春対談が良かったので載せます。
偉そうに私が人を評価することはできませんが、安倍首相はそこら辺のお坊ちゃま政治屋とは違い、苦労を重ねておられるからこそ、人の心を理解できる立派な方だと思いますし(しかし、難しいとは思いますが外交ではもう少し大胆に自国に有利な意思決定をしていただき、大手はともかく中小零細企業の業績は大半がプラスではないので、そこを改善していただきたいです)、つんくさんも声帯を失ったことで昔のイケイケ路線とは対照的で随分、顔つきが穏やかになられた気がします。
人間、失って初めて気付かされるものがあるのだと思います。

★【安倍晋三首相×つんく♂さん新春対談】首相「ワクワクする日本作る」 つんく♂さん「声失っても音楽を世界へ」★歌手の命と言ってもよい「声」を失った音楽プロデューサーのつんく♂さん(48)。安倍晋三首相(62)も病を克服し、首相に復活して丸4年が過ぎた。その2人がともに語るのは「ワクワクする世界を作りたい」。平成29年の酉年は飛翔(ひしょう)の年になるのか。栄光と挫折を繰り返した2人が家族や友人に感謝の気持ちを込めつつ、日本の教育やエンターテインメントの将来などを語り合った。つんく♂さんが手がけたヒットソングの中で、首相がお勧めの一曲とは?(司会、政治部長・石橋文登)
安倍
新年あけましておめでとうございます。
つんく♂
おめでとうございます。
安倍
つんく♂さんを公邸にお招きできて大変興奮しています。2年前に母校の近畿大学の入学式でスピーチされましたね。「皆さんは自分の人生を歩んで行くんです。私も声を失って歩き始めたばかりの1回生。皆さんと一緒です」と話されたのを聞いてとても感動しました。新入生は生きていく上で大切な言葉をいっぱいもらったと思いますよ。勇気や自信、誇りをもらったんじゃないかな。大学の依頼を受けて、どう思いましたか。
つんく♂
若い彼らの前に立って何を伝えればよいんだろうと思いました。まだ食道発声法もうまくできなかったときです。僕も本当に一からスタートする気持ちだったので、あの一日でたくさんのことを教わりました。久々にステージの上に立ったし、僕が立つことで何か伝わればいいなと思いました。
子供たちはパパが歌手としてステージに立っていた頃のことを覚えてはいましたが、1年ぐらい見たことがなかった。そのパパが久しぶりにステージに立った。家族も一つになり、学生とも同じ気持ちで接することができた。とてもありがたかったです。
安倍
相当発声の訓練をされたのですね。
つんく♂
訓練は1年何カ月か訓練しました。東京は訓練する場所もしっかりあり、週3回もボランティアが教えてくれるんです。本当にありがたいと思いました。ただ、静かな所ならよいのですが、車内はダメ。家でも換気扇の音など近い帯域の音で声がかき消されちゃうんですよ。そんな時はスマートフォンなどで筆談しています。
安倍
ずっと歌を歌い、ステージにいることが人生だったつんく♂さんが、声帯を取るかどうかは大変な決断だったんでしょうね。
つんく♂
声帯を取ったことが正解だったかどうかはいまだに分かりませんが、お医者さんに「悪いところを取りましょう」と言われた時はショックでしたね。でも子供もまだ小さいし、ステージや歌よりも、とにかくこいつらと一日でも長く生きたいという気持ちでしたね。そんなに迷いはありませんでした。
安倍
私はどんな人にもチャンスがある社会を作っていきたいと思っているんですよ。つんく♂さんと比べれば大したことないかもしれませんが、私も潰瘍性大腸炎という難病と付き合いながら人生を歩んできました。
政治家が難病を公言することは政治生命にかかわります。しかし、第1次政権で病気が悪化したこともあって辞めざるを得なくなり、正直にすべてを話しました。その後、良い薬が開発され、十分に病気を抑えることができています。ですから、そういう困難を持った人もしっかりと自分の夢を持てる社会を作りたいと思っているんです。つんく♂さんは病気を患った後の人生をどのように歩んでいこうと思いましたか。
つんく♂
ステージに立つことができなくなったので、裏方というか、クリエートな活動に的を絞り込めました。これは逆に良かったと思うんですね。「あれもこれも」ということがなくなり、音楽を生み出すことに専念できる。そして誰かをバックアップすることもできる。それに「もう歌手はできない」と覚悟して公表したことでいろいろな方から「私も病気だったんです。がんだったんです」と言われ、多くの人の温かい気持ちが伝わってきました。
安倍
苦しみを味わったのと同時に、家族の絆を確かめ合い、その大切さを知ることができた経験は、作詞や作曲の上でも生きてくると思いますよ。
祖父の岸信介がよく言っていました。人間は大きな挫折をするか、大病をするか、刑務所に入るか、そういうつらい経験が人間として成長する上で大変大切だと。最後の表現が適切かどうかは分かりませんが。祖父は戦犯としてGHQ(連合国軍総司令部)に逮捕され、3年間拘置所に入っていたのでね(笑)
私も首相を辞め、世間に厳しく批判されました。政治家人生はほとんど終わったと思いましたが、「あきらめないでもう一回やってもらいたい」という手紙をたくさんもらい、励まされましたね。
つんく♂
僕もたくさんの手紙をいただきました。小さい子供から「僕のお父さんもこれから手術するんです」とか。「声帯を取った者です」というのもありました。娘は「お父さんが歌えなくなっても私が代わりに歌うから」と言ってくれました。すごくうれしかったですね。
--奥さまの献身的な支えも大きかったのでは
つんく♂
それまでは僕が一家の大黒柱として仕事、仕事、仕事でした。ところが、病気で仕事ができず、オロオロしていると、今まで黙っていた妻が「こういう病院に行った方がいいんじゃないの?」「こういう食べ物に変えたら?」と急に変わったんです。僕も変わりました。ずっと家族を引っぱっていたつもりだったんですが、実はただ暴走しているだけだった…。そう気づきました。
安倍
私も首相を辞めた時、妻に励まされながら自信を回復しました。困難な状況に陥ったときに誰と話し、頼れるかということはとても大切です。特に家族の存在は大きいですね。
つんく♂
病気で辞めて再び首相になったことで大きな違いはありますか。
安倍
挫折を経験したことでしょうね。悔しさはずっと胸に刻まれています。「どうして失敗したんだろうか」「こうすればよかったのに」。そんなことをずっと考えてきました。それが新しく政権を運営していく上で大きな糧となりました。1回失敗していなければ今の安倍政権はないと思っています。
つんく♂
でも1回失敗して2回目がない人の方が多いですよね。首相はなぜ2回目があったのでしょうか。
安倍
自分の思いや力だけで思いは成し遂げられません。巡り合わせがなければ2回目はなかったと思います。それに世界や日本の状況が、もう一度やらなければならない状況になっていた。そう強く思い、自民党総裁選への出馬を決心しました。
「2回目の総裁選で惨敗したら恥の上塗りになる」という助言もありましたが、私はその地位に就きたいから出馬したわけではありません。「失敗した経験を日本の厳しい状況に生かさなければならない。ダメならダメでしようがないじゃないか。それは天が私を求めていないんだ」と思ったんです。多くの人は反対でしたが、妻は「日本のためだと思うんならやりなさいよ」と言ってくれました。
--つんく♂さんは「感謝の気持ち」を常に大切にしていますね
つんく♂
大阪人なので「おおきに」という言葉はよく使うんですが…。ただ、病気になって妻に「口だけじゃなくて本当の感謝しなきゃダメですよ」と言われ、さらに感謝という言葉の意味を考えるようになりました。
安倍
私も国会で野党の質問が厳しい時、家で妻に批判的なことを言うと「『よく言ってくれた』と感謝しなきゃ」と言われますよ(笑い)。なかなかそこまで至りませんが、やはり陰で働いてくれている人への感謝は大切です。本当に感謝しているかどうかは相手に見抜かれてしまうんですよ。
ところで、つんく♂さんは日本だけでなく、活躍の場を広げているそうですね。
つんく♂
「モーニング娘。」を筆頭にアイドルグループのプロジェクトを担ってきましたが、病気の後、残念ながら引退することになりました。ですが、妻に「今までの自分にしがみついていては何の進化もないんじゃないの?」と言われ、思い切って昨年6月から日本とハワイを行き来しながら仕事をするようになりました。
すると、いろいろなものが見えてきたんです。東京がいかに素晴らしい街なのか。日本ってすごく優秀な国だと思います。病院が混んでいても、その日に診てもらえますよね。ハワイでは緊急じゃない限り、予約して2週間くらいかかることもざらです。それでもやっぱりハワイはワクワクする所なんです。
ただ、ハワイで電化製品を買いに行くと日本製品がすごく少ないんですよ。「なんでやろ? すばらしい製品がいっぱいあるのに」。そう考えると「音楽も一緒やな」と。なんで日本の音楽は世界にもっと染み込んでいかないんだろう。昨今すごくそう感じています。だから頑張らなきゃいけない。
安倍
日本を離れた方が日本の良さに気づくんですよね。食べ物もそう。日本の食材はちょっと高いけどすごくおいしい。でも売れないと思っていたらいつまでたっても売れません。日本の食材を使ったレストランがもっと世界に広がり、「本物の日本食をもっと食べたい」となれば農産物も海外で売れます。もっと自信を持たないと。ハワイと東京を行き来する生活をエンジョイしていますか。
つんく♂
ハワイには日本人同士の助け合いがすごくあるんです。僕が日本にいる間に妻が病気になっても親身になって助けてくれる。東京やったら、知らない人に「ちょっと子供見てて」とかあり得ないじゃないですか。
安倍
昨年暮れにハワイの真珠湾を訪れました。日本と米国は熾烈(しれつ)に干戈(かんか)を交えましたが、今は強い絆で結ばれ「希望の同盟」となりました。訪問は慰霊の意味もありますが、大切なのは和解の力ですね。70年余を経てお互いが信頼し合い、ともに力を合わせ、さまざまなことを成し遂げる。和解の力によってそれが可能になった。
世界で戦争が絶えることがありませんし、憎しみが憎しみを呼んでいます。だからこそ相手を許し、理解しあうことが大切なんです。この和解の力をオバマ大統領と世界に向けて今こそ発信すべきではないかと思いました。日本は世界の国々からしっかりと役割を果たしていくことが期待されているんです。ですから日本が世界の真ん中で輝く国になるよう今年も頑張っていきたいと思っています。
つんく♂さんが作詞・作曲したモーニング娘。のヒット曲「LOVEマシーン」の歌詞に「日本の未来は世界がうらやむ」とありますね。あの歌詞は今私たちが進めている政策と合致するんですよ。
つんく♂
そうですか?
安倍
まさに日本が世界の真ん中で輝く国になっていく。それと「どんなに不景気だって恋はインフレーション」ってあるでしょ。はやった頃はすでにデフレに突入していた。モノの価格が落ちるとマイナス思考になっていくんですね。そんな中で日々価値が上がっていくと歌った才能はすごい。われわれが今やっているデフレ脱却と合致するでしょ。最後は「『モーニング娘。』も、あんたも、あたしも」かな?
つんく♂
「社長さんも」です(笑)
安倍
まさに1億総活躍社会じゃない。ちょっとこじつけてるけど(笑)
つんく♂
不景気な世の中でも恋の理想の未来はあるんだということなんです。ところで、日本のエンターテインメントについては、どうお考えですか。
安倍
日本の国内総生産(GDP)は世界3位、自由民主主義国家では2位です。ならば日本のエンターテインメント、歌や映画、小説がもっと世界の人に楽しまれてよいと思うんですよ。言語が英語ではないハンディキャップはありますが、坂本九さんが歌った「上を向いて歩こう」は米ビルボードで1位になったじゃない。ですからエンタメはこれからもっと世界に出てもらいたいし、応援していきたいと思っています。
つんく♂
エンターテインメントの英才教育は考えられないでしょうか。大学の付属学校などに入る子は勉強ではエリートですよね。同じようにスポーツやエンターテインメントをやりたい人の教育の場を作り、中国に負けないような卓球少年を育てていくように世界的なエンターテイナーを育てていくというのはどうですか。日本は箱ものを作るのは上手ですが、その中にエンタメがなければどんな施設も輝かないでしょう?
安倍
米国はエンターテインメントが大産業だし、人材育成もやっていますね。日本ももっと注目をしてよいかもしれません。
--つんく♂さんは「声を失っても人をワクワクさせるものを生み出したい」と言っています。首相も「ワクワク」がキーワードでは?
安倍
デフレだとワクワクしないですよね。「どうやって安い店に行こうか」「今欲しいけど来年まで待てばもっと安くなってるのでは」と考えてしまう。しかし待ってたら残念ながら給料も下がっちゃうんですよ。
逆に値段が上がっていけば、より価値の高いものを作ろうとなる。今年より来年はよくなり、再来年はもっとよくなっていく。そういうワクワクする日本を作っていくことが今年のテーマかな。
つんく♂
そうだと思います。
安倍
かつて「ワクワクしながら憲法改正しよう」と言って批判されましたが(笑い)。でも前向きに考える発想を失うとどんどん暗い方向に行っちゃう。どういう日本の未来を作っていくかを考えるとワクワクするじゃないですか。
だから今こそLOVEマシーンのようにワクワクして元気になってデフレから脱却し、世界の中で輝く1億総活躍社会を作っていきたいと思っています。今日はつんく♂さんから元気をもらいました。ありがとう。
つんく♂
ありがとうございました。
http://www.sankei.com/premium/news/170101/prm1701010015-n1.html
皇紀2677年、元旦、産経新聞より。
