大阪W選挙は反日政党、組織と甘い汁を分け合っている能無し役人、議員との戦争である | 中谷良子の落書き帳

中谷良子の落書き帳

核武装・スパイ防止法の実現を

橋下氏、松井氏、吉村氏、本当によく頑張って精力的に活動されていますね。

下記の新聞記事の市長候補、吉村氏の主張を是非ご覧ください!あの根性なし泣き顔とっちゃん坊や柳本より断然頼もしい!



10月に応援街宣をしたかったのですが、その前の安保法案賛成街宣時の無理が祟り、遂にドクターストップがかかってしまい、今はポスティングに勤しんでおります。悔しい~。

したがって、15日の拉致奪還デモのコーラーはミリーさんに。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

橋下氏、松井氏の実績は、まったくの正論であり、過去の柳本一族が如何に片手うちわな政治しかしてこなかったかよくわかります。

財政状況の改善に関する改革実績
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身を切る改革の実績。このような改革は全国でも大阪、維新だけ
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現役世代への重点投資、子育て、教育予算の充実を実施
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共働きのご家庭が多い中、大阪の中学校に給食が出るようになったのも維新のお陰ですが、心ない生徒が給食が冷たく、美味しくないとの理由で「餌」呼ばわりしていたニュースが話題になっていましたが、今時の子供たちは食べ物の有り難みがまったく分かっておらず、嘆かわしい。

給食が出るということにこそ意義があり、本来、感謝すべきことであるのに飽食時代の日本の縮図ですね。

給食以外にも、エアコンもパソコンもなかった学校を改善したのも橋下維新。地下鉄のトイレも綺麗になったし、道端の悪質な客引きには罰則規定ができましたし、ピース大阪の自虐展示物でさえ、ずっと私達の仲間や、昔から活動されている市民団体、民族派の方々が自民大阪腐連の議員に対して改善を求める陳情を続けていたというのに柳本一族は知らぬ存ぜぬ。

反日朝鮮組織が跳梁跋扈し、その悪夢のような40年間を経て、たった8年の任期で、ピース大阪の自虐展示物は橋下維新で大変貌を遂げました。

これひとつだけをとってみても分かりますように、如何に、あの柳本一族が諸悪の根源であるかお分かりいただけると思います。

大阪のATC、WTC、オスカードリームなどの箱モノの無駄遣いは目も当てられないくらい酷いものなので、お金がなくて教育に回らなかったということは今まで大阪で名を馳せた議員連中はアホの能無ししかいなかったということです。

本来であれば、山形市長選で柿沢未途幹事長が共産党推薦の特定候補予定者を応援した問題をめぐり、「けじめをつけよ」と辞職を求めた橋下氏のように、とっつぁん泣き顔ドM男(柳本)と鮮血スーツ(栗原)をバッサリ処分しなければならないと思います。

それどころか谷垣禎一幹事長、稲田朋美政調会長、石破茂地方創生担当大臣、伊吹文明元衆議院議長、森山裕農林水産大臣、茂木敏充選挙対策委員長が鮮血スーツと、とっつぁん泣き顔ドM男の応援に来るそうな・・・

敵は利権死守のために総出です・・・ということは投票率が低いと負ける・・・

皆様、片っ端から選挙に行くようにお声掛けお願いします。

スパイ防止法擁立を潰した支那のスパイと思われる谷垣幹事長は、自民党と思想、信条、理念が正反対のこの異常事態を無視し、大阪自民共産ポンコツ腐連に公認を出したというのですから驚きを隠せません!

柳本一族と繋がる二階も谷垣も支那のスパイ認定でよろしいかと。

しかもあの勘違い女、政治をミスコンテストだと考えている上西小百合も維新に在籍時は比例当選であり、全く実力も魅力もない底辺議員であるという自覚もなく、大事な衆院本会議を欠席、様々な疑惑を払拭できず、四方八方から辞職を求められても尚、厚かましく議員の椅子に居座り続け、くだらない写真集付き自伝(アホしか買いませんが)を売りさばくというパッパラパーの守銭奴、あれだけ維新にお世話になっておきながら先日、またのこのこと大阪のトークショーに現れ、今この大事な時期に維新の悪口暴露大会。

恩を仇で返すような信義なき女が、どうやって国民から信頼など得られましょう?

こんな物言いはしたくありませんが、上西氏は正真正銘の神経がないアホ議員であり、こんなとてつもないアホをテレビで祭り上げるメディアも出版会社も、まともに会話する芸能人もアホ。

気分が悪いので頼むから幽閉するか、一切、報道からシャットアウトしていただきたい。

以下は、大阪市立今宮小中一貫校。





付近にはゴミひとつ落ちておらず、監視カメラに守られ子供達が他の区からも遊びに来るそうです。

これらもすべて維新の政策で、西成区は大阪の中心部でありながら人口がピークから半減、何十年も西成で政治家をしていた柳本一族は一体、何をやってたのでしょうか?西成すら変えられず、共産党と生活保護利権で甘い汁を吸っていた柳本一族に市長をやる能力は絶対ない!

何十年間も腫れ物に触れてはいけないかのごとく改革してこなかったこの西成をたった数年で変えたのは、維新であり、西成選出の辻淳子議員です。





この区域は、ゴミが散らかり放題、麻薬の売人がはびこり、覚醒剤の注射器は、あちこちに捨てられていた道路がこんなにも見違えるほど綺麗になっています。

その他、生活保護受給者が薬物を転売したり、猥褻な裏DVDを販売し、不法占拠していた違法露店行列が大阪府警に一斉摘発されました。

●闇市潜入取材
http://www.mbs.jp/voice/special/archive/20150728/
格安で販売されるコンビニ弁当のからくり
http://www.mbs.jp/voice/special/archive/20150806/

勉強も教科書では歴史は目隠し、先人がどれだけ酷いことをしたかというようなことしか教えられず、国歌をきちんと歌うこともできない、国旗に敬意を抱くこともできず、運動も、環境も、全国最下位、最悪の成績だった大阪の子供たち。

散々、箱モノを作り倒産させておいて、学校の図書室も基準以下、エアコンもパソコンも給食もなかった予算を付けていたのは一体どこのどなたでしょうか?

考えれば考えるほど柳本一族に怒りが込み上げます。

役所の無能公務員や組合員、既得権益にしがみつく者VS一般市民の戦いであり、組織票と高齢者票で勝ち負けが分かれますね。

たった50円の敬老パスさえ我慢すれば、高齢者養護施設を増設することができ、待たずに入れるようになりますし、大阪のお年寄りは、あまりにもがめつすぎますし、自身のことしか考えていません。

次世代を背負う若者達に負担をかけてはいけないと思います。

本当に世の中を大掃除できるのは大勢で群れて馴れ合っている者ではなく、孤独を恐れない者だけです。



【吉田松陰名言集】

●特定の人の意見ばかり聞いていると、

偏った考えになってしまうものだ。

これは、昔の人が、

戒めとしたことである


この言葉は、松下村塾時代の1856(安政3)年7月22日、江戸遊学以来の友人である、長州藩士・来原良蔵(くるはらりょうぞう)にあてた手紙にある。

この手紙の話題は、富永有隣(とみながゆうりん)の免獄についてだった。

有隣は、長州藩士であり、藩の勤めに出ていたが、同僚などに憎まれ、野山獄につながれた。

ちょうど松陰が入ってきて、2人は獄中で親しくなったが、松陰だけ先に出獄。

松陰にとって気がかりは有隣の身だった。

羽仁彦兵衛をはじめとする有隣の親族らは、出獄に反対していた。

彼らは、有隣を強烈に憎んでおり、恐れていたようである。

彼らの訴えがあまりにも強く痛切なものだったので、役人たちがそれだけを信じてしまわないか、と松陰は心配した。

本来なら、羽仁彦兵衛らの訴えだけでなく、有隣の弁明も聞くべきだし、さまざまな人の意見を聞いて処分を決めるべきである。

松陰はこのことを強調する。

特定の人の意見ばかり聞かないで、さまざまな人の意見を聞く、という態度は、勉学においても仕事においても大切なことだろう。

その後の有隣は、1857年(安政4)年に出獄し、松下村塾の講師に就いた。

松陰亡き後は、長州藩が幕府と戦った第二次長州征討で鋭部隊を率いて戦い、明治維新後は、藩の兵制改革に反対して脱退騒動を指揮し、その罪で再び入獄。

晩年は故郷に帰り「帰来塾」を開いて青年の教育に力を尽くした。

国木田独歩の小説『富岡先生』のモデルといわれるのが、富永有隣である。

●私と彼らの違うところは、ただひとつ。

私は、ひたすら忠義のために行動しようとしているのに、

彼らは、どのような成果をあげられるのかばかりを考え、

結局、何もしないところだ。


1858(安政5)年、江戸幕府の大老に就任した井伊直弼(いいなおすけ)は、日本にとって不利な日米修好通商条約の調印を独断で行った。

ここにいたって、いよいよ危機感を募らせた尾張・水戸・越前・薩摩の4藩は、井伊直弼の襲撃計画を立てた。

この噂は、松陰の耳にも届いていた。

ならば、と松陰は、老中・間部詮勝(まなべ あきかつ)の襲撃を企てた。門人17人もこれに賛同した。

ところが不可解だったのは、この計画を遂行するために、松陰が長州藩に武器の貸与を持ちかけたことだ。

これではテロ計画が幕府に筒抜けになるのではないか?松陰としては、国家の危機を見て見ぬふりをする長州藩の態度にしびれを切らし、あえてゆさぶりをかけて、何らかのアクションを促す狙いがあったようである。

ところが長州藩は、松陰のテロ計画に腰を抜かし、松陰を野放しにしていては自分たちが幕府から敵視されると恐れ、同年12月、再び野山獄送りとしたのである。

そのころ江戸にいた高杉晋作や久坂 玄瑞(くさかげんずい)ら5人の門人は、間部詮勝襲撃をあきらめていない松陰の気持ちをなだめようと、計画は「かえって長州藩に害をおよぼすだけです」と、自重するように手紙をよこした。

しかし、これにかえって激しい怒りを募らせた松陰は、1859(安政6)年1月11日、ある手紙を書く。

後半部分が欠落しているので、誰に宛てたものかはわかっていないが、その手紙にあるのが、この言葉である。

「彼ら」とはもちろん、、自重論を唱えた5人の門人たちだ。松陰はかつて、忠義とは実際に何をするかが大事で、功名を上げるためにやるのではないと言っている。

成果が上がるか上がらないかを気にする前に、まず行動すべきだと訴える。

この熱い魂が、やがて高杉晋作らにのりうつっていく。

●自分の身にふりかかる苦労を

何とも思わない人でなければ、

人々を幸せにすることなどできない


松下村塾は、リーダーの養成所だった。

そのことは、1856(安政3)年9月に松下村塾の教育的意義を高らかに宣言した『松下村塾記』に認められる。

『松下村塾記』は、松下村塾の2代目の主催者である外戚・久保五郎左衛門の求めに応じて書かれたもので。この時点ではまだ松陰は松下村塾の主催者とはなっていないが、すでに後継者であることを自負して同書を記している。

その要点をまとめると、こうなる。

「国にとってもっとも大切なことは、自国と外国の関係を明確にすることだ。ところが、外国との関係があやしくなっているにもかかわらず、この国の指導者たちはそれを気にもせず、漫然と暮らしている。そんな危機的状況のなか、松下村という1つの村を教化することで、やがては長州藩、そしてこの日本を変える優れた人物が出てくるだろう」

外戚・久保は、この松陰の考えを「たいへん立派なものだ」と評価した。

また同時期、松陰は久保に1つの句を書き送った。それがこの言葉。

自分にかかる苦労を何とも思わないようでなければ、人々を力強く牽引し、人々を幸せにすることなどできない。

人の上に立つリーダーには、これほど強い覚悟が座っていなければいけない。

ちなみに、「聯(れん)」とは、対句を書いて左右の柱に相対してかける札のこと。

久保は、松陰のこの句を自ら彫刻刀で竹に刻み、松下村塾の柱に掛けたという。



【大阪市長選】帰化して立候補を試み選管で蹴られた●●人がマジキチ!
http://www.moeruasia.net/archives/45955701.html

柳本氏の票集め公約「敬老パス50円無料」それをチラシで広める共産党系組織
http://hashimotostation.blog.fc2.com/blog-entry-2591.html

大阪維新の会 改革実績集
http://oneosaka.jp/policy/policydetail/pdf/2015w_result.pdf

●西成区ではトリプルです。必ず投票に行きましょう!

【西成区選挙管理委員会より 11月22日(日)は大阪市長選挙、大阪府知事選挙及び大阪市議会議員西成区選挙区補欠選挙の投票日です!】
http://fb.me/4X6eze20V

●期日前投票が始まりました!今回は三連休の中日が投票日となっています、早めの投票をぜひお願いします!投票場所等、詳しくはこちら!→大阪府/期日前投票及び不在者投票
http://www.pref.osaka.lg.jp/senkan/27fuchiji/kijitsuzen.html

今回は、堺市北区、堺区、東区合同で行うもので、大阪全域で戦う大型選挙ゆえに、松井本人から直接訴えが聴ける数少ない機会です。是非お越しください❗️
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《大阪W選・市長候補者ネット討論》吉村洋文 出演