おもさんの雑感
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「強み」

人それぞれに「強み」がある。厳密にいえば、個人の資質が目的的に発揮されうるものを強みと呼ぶことにする。

この強みというのは、意識的に獲得されたものではなく、案外無意識のうちに獲得したものであることが多い。

小学校教育の中で、好きな科目というものがあっただろう。それを好きになった理由は明確には語られなくとも、他の科目とは違う親和性や知的好奇心を刺激されたのかもしれない。あるいは、その科目を教える先生に魅力を感じたのかもしれない。

何れにしても、その科目や教師に出会わなければ知ることのなかったものが個人の資質である。

思考を含めた行動を介してしか、自身の資質は知り得ない。

思考にて自身の資質を知るのは、まず難しい。「思う」と「考える」、「主観」と「客観」などの主たるテーマを自身として考えることが必要になる。自身の考え方の癖などを客観視するのは難儀であり、ましてやそこに自身の資質を見るのは大変な労力が必要になる。

もっとも簡単なのは、どんな遊びをしていたか、だ。

どんな遊びを、どんな環境で、どのようにやってきたか。

そこに他者の存在はあったか。年齢差はあったか。憧れた人はいたか。

どのくらいの時間を費やしていたか。何が楽しかったのか。悔しい思いはしたか。

 

当たり前であるが、こうした遊びの経験の中で個人の資質は発揮され、磨かれる。

もちろん、そんなことは目的ではない。当時は楽しさを求めてのことだろう。

ただ少なからず個人の資質とマッチした遊びは楽しいはずだ。ある意味、そうした強みをいかす、というのが自然に備わっていると考えるのも有益だろうと思う。

 

となれば、他者から見た弱みは、本人としては強みをいかしているのかも知れない。

ただ往々にして自身でそれには気づいていないことが多い。

 

冒頭で、個人の資質が目的的に発揮されうるものを強みと呼ぶことにする、と書いた。

この目的的に、というのは大切である。

「何をどうしたいのか?」という目的に個人の資質が応じて、強みは発揮されるわけである。

であれば、この「何をどうしたいのか?」をきちんと持つことが資質をいかす上では重要になる。

こうした考え方が自身の資質の発揮をリードするのである。

 

今、自身が「何をどうしたいのか?」があればそれは幸運なことである。

もしないのであれば、それを改めて考えることも重要であるが、今置かれている状況があるならば、その状況から「何をどうしたいのか?」を考えてみれば良い。何かしらの方向性が見えたならば、あとは実践にうつすだけである。

その中で得手不得手があることに気づく。

実践は具体的であればあるほど良い。

その実践を通して、自身を知っていくのである。

 

何を介して気づいても良いが、その幅は何より重要だ。

まずはなんでも没頭する。それに尽きる。

お分かりのように没頭することは強みでもあり、弱みでもある。

しかし、没頭できているときは強みも弱みもなく、自身が発揮されているのだ。

それは最良の精神衛生だろうと思う。

 

気難しい?

先日、初回の訪問を代行で私が介入した。

肺ガンの方で、肺炎のために3度入退院を繰り返し、衰弱した身体をなんとかしたい。また外を歩けるようになりたい、という希望がある80歳台の男性だった。

事前情報では「少し気難しい方である」と聞いていた。

「気難しい」ほど不明確な言葉はない。

もしそういうのであれば、「私はうまく関われていない」というべきではないだろうか。

自分がうまくできないこと=難しい事ではない。少し考えてみれば当たり前のことだが、こうして事実は都合よく歪曲させられているのである。

自宅に入り挨拶をすると、なるほど強面である。

しかししっかりとこちらの言うことに耳を傾けてくれている。

少し病状のことを聞いた。

「そうやっていろんな方に聞かれるんだけどね。私としてはあまり自分の体にピンときていないんだよね」

この言葉の中に、様々な情報が詰まっている。次には何に焦点を当てて対話を進めるか、が重要になる。

同席した奥様はとてもチャーミングな方だった。

夫の様子が心配だからか、初めはやや緊張感のある視線で私と本人様のやり取りを見られていたが、次第に野次馬化した。

話に割って入られるのを嫌がる方も多い中、遠慮ない野次に「奥さんにこんなこと言われてますけど、言い返さなくていいんですか?」と聞くと苦笑いしていた。「分かりました。では私が代わって言い返します!」と言うと笑っていた。

3度の肺炎で、胸郭の柔軟性は著しく低下していた。低下と表現するのは、その後に行った運動療法で幾分改善したからである。

諸々必要と思われた評価と簡単な徒手介入、運動療法を実施し、手を使用せずに立ち上がれるようになったことを確認して終了とした。

「いやー、こんなにやってもらえて、嬉しいです」と。

趣味は「写真撮影」と言うことを伺い、少し部屋を見渡すと、本人様が撮影したらしき写真があった。

許可を得て、拝見すると自宅から見た空模様が何枚かおさめられていた。

 

こんな時にもどんな声かけをするか。

例えば「綺麗ですね」でも良い。「さすが上手ですね」でも良い。

あるいは「空を眺めていると色んな気持ちになりますよね」、「どんな時に空を撮影しようと思うのですか?」と聞くのも良い。

あるいは「納得いく写真ってなかなか撮れないものですか?」でも良い。

特段解説はしないが、何に焦点を当てて対話を進めるか、だ。

 

ここでも奥様から野次が入った。

「この人の綺麗な女性がテレビに映ると、それも撮影しているのよ」と。

まさかこの強面が!?

聞くと恥ずかしいそうに「そう言うこともある」とお話しなさり、「奥様を撮らないんですか?」と少し意地悪な質問をすると、「撮らない」と即答し、笑っていた。

 

次回来るときは、写真のコツを教わることになった。

個人的には綺麗な女性を撮るよりは、女性を綺麗に撮りたい。

それをリクエストしてみようと思う。

 

 

 

続・引き出る

2月の上旬に記事にした利用者さん

 

「引き出る」

https://ameblo.jp/ryo813529/entry-12571899213.html

 

装具着用下にて屋外歩行自立され、小一時間程度の散歩は行えるようになった。

最近は自宅内でパターゴルフを始めた。

元々ゴルフ好きということもあり、やはり食いつきが違う。

装具をとると立位にて右足関節は内返しになる傾向は残っている。

しかしながら、クラブの重さを感じてもらい、クラブの揺れを感じてもらうと、徐々に右足の足底がしっかりと地面についてきた。

次に、左膝関節の知覚、これは文章での表現は難しいが、要は膝関節にも面積があり、その平面を精密に感覚してもらい、脊柱の上行性の知覚と連動させることによって、右足がぶらぶらに脱力した。

この脱力が入り口で、次は右下腿部、足部の「重さ」の知覚へ進む。この「重さ」の知覚は、動作能力の向上、また運動機能の改善に重要になる。ただ重要にはなるが、大変に難しい。それは取り組み方そのものが難しいので、万人に適応にはならないが、重力環境下で生活している、という条件においては万人に共通するものである。以前は「知覚する」を優先していたが、現在はそこに至るまでにもプロセスがあることがわかってきた。この発見はそのうちにまとめてみようと思う。

 

さて、この方は失語症というハンディキャップがありながら、比較的この「知覚する」に長けている。

今回も「左膝」が感じ取れた時に、「え?お!」と言いながら、なんどもなんども自身で確かめるように動いていた。

ここの反応は要チェックだ。

この方のようなタイプは、それこそ気づけば勝手にそれを汎化させる。

逆にピンとこないタイプは、どういう場面でそれが使えるかを示唆する方が良い。

その際に在宅に直接伺うこの訪問での介入は、やりやすい。

 

さて、パターゴルフを行なった後に外歩きをご一緒するとやはり歩行速度が向上していた。

この方の自宅から徒歩15分ほどのところにマクドナルドがある。

介入時間40分以内に、一緒にマクドナルドに行き、ランチをするのが今の目標である。

ご馳走したいとおっしゃっているので、「一番高いメニュー頼みますね」と伝えてある。

苦笑いしていた。

笑うことは生きる耐性を強くする。

 

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