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Sun, August 13, 2017 08:45:32

追想記②

テーマ:創造的日記

以前、私は中学から専門学校卒業までバスケットボールをやっていた。

中学、高校共に市内の優秀選手として表彰されたことがある。

しかしながら、その時に頂いた賞状を、ひょんなことで破り捨ててしまった。そんな話。

 

こういった表彰を受けること自体は素直に嬉しかった。

バスケットボール自体は好きで続けてきたことであるし、その事を通して、開発された能力というのは振り返れば大きいものである。

もちろん、その当時は「私がバスケットをやっている」という認識しかなかったし、「バスケが何かを教えてくれた」とは考えていなかった。

確か以前にもブログに書いたことがあるように思うが、私は元々いわゆる自己評価の低い人間である。そのことは今もさして変わらない。

ただその時と、今と違うのは、その事を客観視した上で、どうでも良い事であると捉えられている点である。つまり、何を優先するかという思考を持った時には、自分自身を置いておくことが出来るようになったのである。今でも、自身を振り返るという作業を切り口を誤った時には、具合が悪くなる。

 

バスケットボールは単純に好きで継続していただけだった。

あまり上手くなるという事を意識していたわけではない。もちろん、言葉としては持ってはいたが。

この辺りが私の真骨頂なのであるが、現感覚として「楽しい」や「好き」なことに対して、膨大な時間や労力を割いても何も苦ではないから、そのことが勝手に私を上達させた。またこの頃に、他校で気になる選手のプレースタイルをパクるという手法を養った。

高校入学当初、バスケ部の顧問の先生に、「お前は黒人のようなプレーをするな」と言われたことがある。その意味はわからない。なにせ、NBAにさして興味もなかった。

ただ一般的に言えば、間違ったシュートセレクションにもかかわらず、えらく決まってしまうという点において、ドカベンの岩鬼正美のようだった。また、そのように言われるのは、気分は悪くなかった。

ある意味、好きなことや楽しいと思う事をしているうちは、自分自身を客観視する癖を少し抜け出せる。

そのことが若者らしからぬ可愛くない嗜好を持った私には良かったのだろう。

 

このような感じでバスケットをしていた自分に、「優秀選手」という評価を有難くも頂戴した。

嬉しい反面、そこに何の実感もなかった。

ただ人に聞かれた時には、こういうものをもらったと言えば、賞賛されることもあり、何やかんや気分は良かった。

さて、冒頭の事件はこうした背景を元に起こった。

確か10代の終わりくらいに、何のことかは忘れたがひどく父親に怒られることがあった。

ひとしきり怒られた後に、自分の部屋に戻り、ふんふんしていると、壁にかかった「優秀選手」の表彰状が目に入った。その「優秀」という文字がえらく癪に触った。

「こんなことで、親に叱られている自分のどこが『優秀』なんだ、ばかやろう」と、賞状をビリビリに破り、窓から外に放り投げた。そのことでも、またえらく叱られた。

 

感情の暴走に任せてとった行為であるが、この時の私の心境として虚無感はなかった。

むしろ、やたらと充実した心持ちが生まれたのだった。

「この事」を当時の私は認識していたとしても、言葉にすることはなかった。そういった作業をするのは、何年も後のことである。ただし、自身の心が動いた体験として私に刻まれたのは確かだった。

 

「この事」から私はいろんなことを見出した。

一つは、自己評価が低かった分、他者からの評価を気にする傾向があったこと。そして、その評価と自身の実感が伴わない時に、ひとまずその評価を受け入れることで不安定な自己を保っていたこと。

一つは、「言葉」の具体性を求める気質があるということ。

一つは、自身の多面性を理解できていなかったこと。

一つは、いわゆる完璧主義者的な考えが自身にあるだろうということ。

 

今では笑い話であるし、勿体無いことをしたなと思っている。

それでも、「この事」で色んな自分に気付かさせてもらった。

つまるところ、「で、どうするか?」を考え、行動していくことが、「この事」を自身の人生において意味のある事、ない事にするかを左右する。

そんな事にも気付かせてもらった。

 

私の本棚には、専門学校時代にもらった県の最優秀選手の記念品が飾られている。

これを放り投げることがないことを祈っている。

これは石製品だから、放り投げたら大変な事になるからである。

 

 

という事で、31歳になりました。

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Sat, August 12, 2017 08:20:00

追想記

テーマ:創造的日記

以前、娘を連れてデパートに行った時に、化粧品売り場に居据わり、永遠とアイメイク用のペンをペン立てから出したり、しまったりしていた。

 

何かが始まると気がつくまで終わらない。

この辺りは私にとてもよく似ている。

昔、幼稚園の時に、朝礼がはじまっても1人で砂場で永遠と泥だんごを作っていたり、小学校の時は登り棒にはまり、始業のチャイムが耳に入らなかった。

今だに何かを始めると、気がつくまでやり続ける。

自分の体感覚としては、何かを始めると、ではなく、何かが始まるとといった方が適切だ。

自分の意思とは別の何かで動かされるような感覚があるのである。

そして、それに気づく時というのは、色々とあるが、自他問わずに「意味」を求めた時にストップすることが多かった。そして、立ち止まると同時に襲われる虚無感はなかなかに強烈であった。

この虚無感が生じる理由は、第三者的視点が自身を振り返る事を幼い頃から身につけていたことに由来するだろうと思っている。「親が自分に対してどのように思っているのか」を考えることがその最たるものである。とは言っても、私の辞書には「意味」というものは概念としてなかったから、色々と暴走する気持ちに振り回されて大変だった。

 

こういった体験があるから、意味ということを考えるようになったのだが、傑作なのはこの意味と言う事について3年近く考え続けたのだった。ほとぼりが冷めた後に、はじめて、自分は同じテーマをずっと考え続けているということを自覚した。

 

娘の姿を見て、何か触発されたものがある。

「意味」を求めずに、「意味」とうまく付き合っていこうと思う。

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Fri, August 11, 2017 09:32:48

複雑化する頭

テーマ:創造的日記

前回の身体操作会では、他者の「膝を曲げる」というシンプルな課題に取り組んだ。
「膝を曲げる」を円滑に行うには、膝を曲げたらいいのである。
意外とその事をほったらかしにして、あるいは自覚せずにワークに取り組む人が多いことに改めて気づいた。
「膝が曲がる」というのは、行ったワークの場合は、脛骨を大腿骨に対して動かせば良いのである。
その上で、筋に対して、あるいは関節に対して介入する場合の違いを明示した。
「膝が曲がる」という現象において、制限因子となるのは例えば大腿四頭筋であるという事を知っている。
すると、「膝を曲げる」という作業目的が、大腿四頭筋の伸び具合や硬さを感じようとするという作業目的に変わる。
実はここが問題なのだ。
それは施術者側の頭の中での作業であり、相手に接点を持つ手の作業ではない。そして、その思考を持つから、そのことが制限因子として感じ取られるだけなのである。
ワークをしている人に、私が手を添えると、「手で感じていたと思っていた」制限因子を感じなくなるという現象が何人にも起こったので、おそらく自身で作った制限ということでしょう。
もちろん、本当にそれが制限因子の場合もあるが、それは「膝を曲げる」という作業を遂行した結果として生じた感覚から判断すればいいだけのことである。
ワークでフリーズしていく人ほど、何か複雑な事をし始め、結果として何をしているのか分からなくなる。

いかに自身で複雑化しないかということが重要である。
複雑化する背景には、「何をしているのか?」を見ていない、またその程度がわからないなど色々ある。
まず明確にすべきことは、一つの方法として捉えて身につけるのか、その事を通して考え方や技術の作り方を習得したいのか。
一体どっちなのだということだ。

そんな事を考えたこともなければ、考えてはっきりさせればいいだけである。

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