テニスDEポン エピソード41

スライスは「切る」ショットではない。相手の時間と空間を操る技術だ。

テニスでスライスというと、どんなイメージを持ちますか?「ボールの下を切る」「守るために使う」「強く打てないときに使うショット」。もし、そんなイメージを持っているなら、今回は少しだけ考え方を変えてみましょう。スライスは、ただボールを切る技術ではありません。相手の時間を奪い、打点を変え、ラリーの流れをコントロールする技術なのです。

■ なぜスライスは低く滑るのか?

スライスは、ボールにバックスピン(逆回転)をかけるショットです。一般的にはラケットを高い位置から低い位置へ動かしながら、ボールを前方へ運ぶように打ちます。ここで大切なのは、ラケットを下に振り下ろすことだけに集中しないこと。 下に切る動きばかりを意識すると、ボールが短くなったり、ふわっと浮いてしまったりすることがあります。必要なのは、回転をかける動きと、ボールを前に飛ばす動きのバランスです。ラケット面の角度、スイングの方向、インパクトの位置。この組み合わせによって、ボールの軌道や回転、バウンド後の変化が生まれます。

■ スライスの本当の武器は「低さ」と「変化」

例えば、相手がトップスピンの高いボールを打つことに慣れているとしましょう。そこへ低く滑るスライスを送ると、相手はいつもと同じ打点では打てません。膝を曲げてボールの下に入り、持ち上げるように打つ必要が出てきます。つまり、スライスは相手に普段とは違う動作を要求するショットなのです。さらに、ラリーの途中でスライスを混ぜると、ボールの速度やバウンドの高さが変わり、相手のリズムを崩すこともできます。テニスでは、速いボールを打つことだけが攻撃ではありません。相手が気持ちよく打てない状況をつくることも、立派な攻撃なのです。

■ 守るためのスライス、攻めるためのスライス

スライスには、いくつもの使い道があります。苦しい体勢から時間をつくるディフェンスのスライス。相手の足元へ沈め、次のボールを有利にするスライス。低い弾道で深く運び、相手に攻めさせないスライス。そして、ネットへ出るためのアプローチショットとしてのスライス。同じスライスでも、目的によって狙う場所や弾道、ボールの速度は変わります。ここで考えてほしいのは、「どう打つか」だけではなく「何のために打つか」ということ。技術を覚えることと、技術を使いこなすことは別なのです。

■ 初心者が陥りやすい「切りすぎ問題」

レッスンでスライスを練習するとき、ラケットを上から下へ大きく振り下ろそうとする人がいます。回転をかけたいという意識は間違っていません。しかし、ボールを切ることに集中しすぎると、前へ運ぶ力が不足し、ボールが浅くなったり、浮いて相手にチャンスを与えたりします。まずは、ボールをしっかり前へ運ぶ感覚を身につけましょう。打点は体の前。ラケット面を安定させ、上から下への動きを使いながらも、目標方向へ振り抜く意識を持つことが大切です。手首だけで操作しようとせず、体の向きやバランスも意識してみてください。スライスは、ただラケットを振れば完成するショットではありません。

■ スライスを覚えると、テニスの景色が変わる

トップスピンが得意な人ほど、スライスを覚えることでプレーの幅が広がる可能性があります。反対に、スライスが得意な人も、トップスピンを組み合わせることで、相手に予測されにくいラリーをつくれます。高いボールと低いボール。速いボールと遅いボール。跳ねるボールと滑るボール。こうした変化を使い分けることで、相手の打点やポジションを少しずつずらしていくのです。テニスは、ボールを打ち合うスポーツであると同時に、相手との駆け引きを楽しむスポーツでもあります。

■ なぜ子どもはスライスを使いたくなるのか?

実は今回、我が家の息子が「スライスを練習したい」と言い出しました。テニスコーチとして30年以上、さまざまな子どもたちを見てきましたが、子どもが自分から「このショットを練習したい」と言い出す瞬間には、大切なヒントが隠れていると思っています。では、なぜ子どもはスライスを使いたくなるのでしょうか?ひとつ考えられるのは、スライスが、いつものテニスとは違うボールを生み出すから。 強く打てば速いボールが飛ぶ。上から下へ切るように打てば、ボールの飛び方が変わる。打ち方を少し変えるだけで、ボールの軌道やバウンドが変化する。その不思議さが、子どもの好奇心を刺激するのかもしれません。さらに、スライスにはトップスピンとは違う独特の感覚があります。相手のボールを受け止めて返す感覚、ボールを運ぶ感覚、低く滑らせる感覚。自分のラケット操作によってボールが変化することを発見すると、子どもは「もっとやってみたい」と思うのではないでしょうか。もちろん、子どもによって興味を持つ理由は違います。好きな選手のプレーを見たのかもしれないし、誰かのスライスを見て格好いいと思ったのかもしれません。あるいは、いつものストロークとは違うことに挑戦したくなったのかもしれません。大切なのは、その理由を大人が先回りして決めつけないことです。子どもが「スライスを練習したい」と言ったとき、すぐに正しい打ち方を教えることだけが、コーチや親の役割ではありません。「どうしてスライスを打ちたいと思ったの?」と聞いてみる。すると、大人が想像していなかった答えが返ってくるかもしれません。子どもの「やってみたい」は、成長の入り口です。教えられたから練習するのと、自分から知りたいと思って練習するのとでは、取り組むときの気持ちも変わります。もちろん、自発的に始めた練習にも適切な技術指導は必要です。ただ、その前にある好奇心を大切にしたい。技術を教えることと、技術を学びたくなる気持ちを育てること。この二つは、似ているようで少し違います。 息子がスライスを練習したいと言い出したことをきっかけに、改めてそんなことを考えました。

■ テニスDEポンからのワンポイント

次の練習では、スライスを打つときに、ぜひ自分へ質問してみてください。「このボールで相手に何をさせたいのか?」深く返して時間をつくりたいのか。低く滑らせて相手を苦しめたいのか。短く落として前へ誘い出したいのか。目的が決まると、ボールの打ち方や狙う場所も変わってきます。技術は、覚えるだけではもったいない。使う目的を知ることで、初めて戦術につながります。

スライスは、ボールを切る技術ではない。相手の時間を変え、打点を変え、テニスの流れを変える技術である。

次にコートへ立ったときは、スライスを「逃げのショット」ではなく、「相手を動かすための選択肢」として使ってみてください。いつものラリーが、少し違って見えてくるかもしれません。

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技術の先にある、テニスの面白さを。