テニスDEポン エピソード39

ジュニアでテニスを完成させるのが得意な日本

その「得意」が、実は「盲点」になることもある。

日本のジュニアテニスを見ていると、「本当に上手だな」と思う子がたくさんいます。
ストロークが安定している。フォームがきれいで、ミスも少ない。戦術を理解し、相手に合わせてプレーできる。試合にも慣れていて、ジュニアの大会でしっかり結果を出している。
これは、日本のテニス育成が持つ大きな強みだと思います。
日本には、子どもを丁寧に観察し、技術を細かく分解し、繰り返し練習させながら、一定のレベルまで引き上げていく指導文化があります。
もちろん、すべてのスクールやコーチが同じではありません。
それでも、「ジュニア期にテニスをかなり高い完成度まで持っていく」という能力は、日本のテニス界が持つ一つの特徴ではないでしょうか。
私は、これが悪いことだとは思っていません。むしろ、素晴らしいことだと思います。
ただし、ここにジュニア育成の大きな「盲点」があるのではないか。
それが、今回のテーマです。

「完成すること」と「成長すること」は同じではない

テニスコーチとして、私は「完成すること」と「成長し続けること」を分けて考えています。
例えば、10歳の子どもが次のようなプレーをしていたとします。

● フォアハンドが安定している

● バックハンドもミスが少ない

● サーブが入る

● ラリーが続く

● 試合を組み立てられる

● ジュニア大会で勝てる
ここまでできれば、間違いなく「完成度の高い選手」です。
でも、私はそこで、「この子のテニスは完成した」とは言いたくありません。
なぜなら、その子はまだ身体的にも、認知的にも、心理的にも、そしてテニス選手としても発達の途中だからです。
10歳のテニスと15歳のテニス。15歳のテニスと20歳のテニス。
同じである必要はありません。
むしろ、同じであってはいけない。
私はそう考えています。

日本のジュニアテニスが「完成」に向かいやすい理由

日本のジュニア指導には、「正しいものを教える」という文化があります。
グリップ、打点、身体の使い方、フットワーク、フォーム、戦術、ポジショニング、試合の考え方。
こうした要素を整理して教えることによって、子どもは短期間でも大きく成長します。
そして、
「教えたことができる」
↓
「できることが増える」
↓
「試合で勝てる」
という流れを作りやすい。
これは、指導者にとって大きな武器です。
しかし、ここで一つ考えてみたいことがあります。
「教えたことができる選手」と「自分でテニスを作れる選手」は、同じでしょうか。
私は、違うと思っています。

きれいなフォームは「答え」ではなく「道具」

ジュニア指導では、フォームをきれいにすること自体が目的になってしまうことがあります。
でも、本来、フォームは目的ではありません。ボールを打つための手段です。
相手が変われば、必要な打ち方も変わります。
コートが変われば、必要な球質も変わります。
身体が成長すれば、使える力も変わります。
スピードが上がれば、判断する時間も変わります。
相手が強くなれば、同じスイングをしていても、返ってくるボールの質やコースは変わります。
つまり、テニスは「決められたフォームを再現するスポーツ」ではありません。
状況を読み、判断し、身体を動かし、ボールを打つ。そして、その結果を見て、次の行動を変えるスポーツです。
だからこそ、ジュニア期には「正しいフォーム」だけではなく、「状況に応じて、自分で変化できる能力」を育てたいのです。

ジュニアで勝てるテニスが、そのまま大人のテニスになるとは限らない

ここは非常に重要です。
ジュニア期に勝つことと、将来も成長し続けることは、必ずしも同じではありません。
例えば、「ミスをしない」ことで勝っている選手がいたとします。
相手より先にミスをしない。深く返す。相手のミスを待つ。
ジュニアでは、とても有効な戦い方です。
しかし、身体が成長し、相手のボールスピードが上がってくると、「ただミスをしない」だけでは勝てなくなる場面が出てきます。
そこで必要になるのが、

● 自分から時間を奪う

● 相手から時間を奪う

● 球質を変える

● 高さを変える

● 回転を変える

● 前に入る

● ネットへ出る

● 相手の予測を外す

● 自分でポイントを動かす
といった能力です。
だからこそ、ジュニア期に「完成したテニス」を作りすぎると、新しいものを取り入れることが難しくなる場合があります。

「今勝つ」を作りすぎない

私はジュニア指導で、「今、勝つな」と言っているわけではありません。
勝つことは大切です。試合から学べることもたくさんあります。勝った経験も、負けた経験も、子どもの成長には必要です。
問題なのは、「今勝つためだけのテニス」を作ってしまうことです。
10歳なら10歳の身体。12歳なら12歳の身体。14歳なら14歳の身体。
それぞれの段階で、できることは違います。
だからこそ、「今の身体でできることを完成させる」だけではなく、「これから身体が変わったときに、さらに伸びる余白」を残しておきたい。
私はそう考えています。

「余白」は未完成ではない

ジュニアのテニスを見ていると、「まだフォームが完成していない」「まだサーブが安定しない」「まだ戦術が完璧ではない」といった部分が気になることがあります。
でも、それは本当に悪いことでしょうか。
私は、必ずしもそうではないと思っています。
むしろ、「まだ伸びしろがある」とも言えます。
子ども自身が、「こうしたらどうなるんだろう?」と試している。
強く打ってみる。回転をかけてみる。あえて高く返してみる。前に入ってみる。下がってみる。逆を狙ってみる。
失敗する。また試す。
この経験こそが、将来自分のテニスを作る材料になります。
だから私は、ジュニアのテニスには、あえて「未完成な部分」があってもいいと思っています。

コーチが「答え」を持ちすぎると、子どもが考えなくなる

コーチとして、これは非常に難しいところです。
コーチには経験があります。だから、「こうした方がいい」という答えが分かります。
でも、分かっているからといって、すべてを教えてしまっていいのでしょうか。
例えば、「そのボールはクロス!」「もっと下がって!」「ここではスピン!」「そのフォームは違う!」と、毎回コーチが答えを出してしまう。
その瞬間は、正解かもしれません。
でも、子どもが毎回、「先生、どうすればいい?」となってしまったら、どうでしょうか。
テニスは、最終的にはコーチが横にいない状態でプレーします。
ポイント中に、「コーチ、次はどうしますか?」とは聞けません。
だからこそ、「答えを教える力」と同じくらい、「答えを探す力」を育てたい。
私はそう思っています。

私が「完成させない」ことを大切にする理由

私はテニスコーチです。
だからこそ、「もっと上手にしてあげたい」と思います。
フォームも直したい。技術も教えたい。戦術も教えたい。試合にも勝たせたい。
でも、その気持ちが強すぎると、「コーチが完成させた選手」になってしまう危険があります。
私が目指したいのは、「コーチが完成させた選手」ではなく、「自分で進化できる選手」です。
そのためには、少し失敗してもいい。少し不器用でもいい。少し遠回りしてもいい。
「なぜ?」を持っていてほしい。
「こうしてみよう」を持っていてほしい。
そして、「やってみたらダメだった」という経験も持っていてほしい。
その積み重ねが、その子だけのテニスを作っていくからです。

世界でも「早く完成させる」だけが育成ではない

これは、日本だけの問題ではありません。
世界のテニス育成でも、長期的な選手育成や、身体・心理・社会的な発達を重視する考え方があります。
例えば、USTA(全米テニス協会)の育成モデルでは、13歳以下の年代を、技術だけではなく、身体的・人格的な発達も含めて育成する段階として位置づけています。
また、ITFのジュニア育成に関する取り組みでも、14歳以下の年代について、テニス人口を広げることと、才能のある選手を適切な環境で育てることの両方が重視されています。
つまり、「早く完成させる」だけが育成ではありません。
その先まで成長できる状態を作ることも、育成なのです。

「ジュニアの完成度」ではなく「未来の可能性」を見る

私はジュニア選手を見るとき、「10歳でどれだけ完成しているか」だけでは見たくありません。
それよりも、
「15歳になったとき、何ができるようになっているだろう?」
「18歳になったとき、どんなテニスをしているだろう?」
「身体が大きくなったら、どんな武器を持てるだろう?」
「相手が強くなったとき、自分で問題を解決できるだろうか?」
そんな視点で見たい。
今の完成度ではなく、「未来の成長可能性」を見たいのです。

私がジュニアで完成させたくないもの

私がジュニア期に完成させたくないもの。
それは、「テニスそのもの」です。
技術は磨いていい。身体能力は伸ばしていい。知識も増やしていい。試合にも勝っていい。
でも、「これが自分のテニスだ」と、早い段階で固定してしまう必要はないと思っています。
むしろ、「まだ分からない」くらいでいい。
「今日はこれを試してみよう」くらいでいい。
身体が変われば、テニスも変わる。
環境が変われば、テニスも変わる。
相手が変われば、テニスも変わる。
自分自身が変われば、当然、テニスも変わる。
だから、ジュニアのテニスには「変化できる余白」が必要なのです。

君のテニスは「完成品」ではなく「進化するもの」

私は、ジュニア選手に、「完成したテニス選手」になってほしいのではありません。
「進化し続けられるテニス選手」になってほしい。
10歳の自分より、12歳の自分。
12歳の自分より、15歳の自分。
15歳の自分より、18歳の自分。
そして20歳になったとき、「まだまだ自分のテニスは変えられる」と思っていてほしい。
それが、私の考える育成です。

日本の「得意」を、もっと先へ

日本は、「ジュニアを上手にする」ことが得意なのかもしれません。
だからこそ、その素晴らしい能力を、「早く完成させること」だけに使わない。
完成度を高めながら、余白を残す。
遊びを残す。
考える時間を残す。
失敗する時間を残す。
変化する余地を残す。
そして、「自分でテニスを作る力」を残す。
それが、日本のジュニア育成の次の可能性なのではないでしょうか。

最後に

ジュニアの大会で、とても上手な子を見ると、「すごいな」と思います。
きれいなフォーム。安定したショット。素晴らしい戦術。勝ち方を知っている。
それは間違いなく、その子と、その家族と、そのコーチが積み重ねてきた努力の賜物です。
だから、その努力を否定したいわけではありません。
むしろ、そこまで子どもを育てられる日本の指導力は、大きな財産だと思います。
だからこそ、その先を考えたい。
ジュニアで「完成させる」のではなく、ジュニアで、「これから完成していくための土台」を作る。
私は、そのほうがテニスというスポーツには合っていると思っています。
テニスは、10歳で完成するものではない。
12歳でも、15歳でも、18歳でも、まだ完成しない。
もしかしたら、一生完成しないのかもしれません。
だから面白い。
今日の自分より、明日の自分。
昨日できなかったことを、今日試してみる。
失敗したら、また考える。
そして、また試してみる。
私は、「完成されたジュニア選手」よりも、「これから何度でも進化できるジュニア選手」を育てたい。
それが、テニスDEポンの考える「ジュニア育成」です。
テニスは、完成させるものではなく、育て続けるもの。
そして、選手自身が、自分のテニスを作り続けるもの。
私はそう考えています。