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RYO365のごらくごろく

ごく一般庶民の平凡な道楽家が見たり面白かったりした物事について感想を書き込むブログです。

アニメにもいろいろありますし、日本のアニメはTVで放送されるものや、オリジナルなものまで様々ですが、

質が高いかどうかは疑問ですし、大人から子供まで誰が観賞しても楽しめる作品はほとんど無いのが

現状ではないかと思います。


この作品は、誰が見ても楽しめますし、見た人それぞれに違う感想があるのではないでしょうか。

それは、言葉数を少なくし、映像つまりアニメーションそのもので見せる作品であることが大きなポイントであることはたしかでしょう。

映像だけでストーリーを見る人に理解してもらい、さらに楽しんでもらうためには高いクオリティーが求められますが、美しく細かい描写、3DCGの活用、人物の仕草、動作の細かな表現などが素晴らしいため、見ることだけで楽しめるものになっていました。


最近のアニメは2Dと3DのCGをうまく調和する形で使い分けて表現している作品が増えてきていますが、この作品でも人物描写は2D、車や人工物の描写は3Dなど使い分けがされています。

観賞していて、この両方の表現を利用することでより存在感が増すように思います。無機質的なものには3Dを使用し、人物の表情などは2Dで表現するのが相性がいいような気がします。


感想は人それぞれだと思いますが、私の最終的な感想はとても切ない話だと受け取りました。

ストーリーの最初はコミカルな部分や老人と少女の触れ合いなど楽しく見れる部分が多いのですが、

次第に悲哀を含んだ場面が多くなっていきます。


老人と少女の少しづつ離れていくお互いの距離感がなんとも言えずせつなくなってしまいました。

ラストではその距離は永遠に交わることはないことを予感させさらに切なくなりました。


老人と少女は絶望と希望の象徴であり、老人は徐々に活動できる場所を失い希望を失っていき、

一方少女は様々な希望を叶えていく。

この両方の描写があるからこそのラストシーンの感動があると思います。


老人側の希望を失い過程の描写では、手品が誰も関心しなくなり、観客もほとんどいなくなって、一方

バンドのミュージシャンには大勢のファンがいることもそうですし、劇場主にお払い箱にされたり、商品の宣伝のためだけに手品をすることなど、どんどん行く場所が、そして出来ることがなくなっていく哀しさがありました。

少女側の描写は、生まれ住んでいた田舎から都会で住むようになること、新しい服を手に入れて美しくなっていくこと、男性と出会い恋愛することなどが上げられるでしょう。


年を取ることで何もできなくなってくることや若い人は逆に様々な事が出来る、経験していくことは自然なことなのかもしれませんし、摂理なのかもしれません。

でも、私は年を取って老人になったとしても、完全に希望が失われるわけではないと信じたいです。

だから、私はこの話を切ないと思いながら、同時に最後は老人にも新しい希望が訪れてほしいと願わずにはいられないのでした。