結局、メリットとデメリットのバランスで、人は行動するのである。


さらには、ほんの僅かばかりの風が


誰かを愛するために、自分は生きているのだという、思い込みの風が、くすぐる程度に吹けば良い。


森博嗣



何故か、昔からこの台詞が好きです。


昨日「永遠の僕たち」という映画を見てきた。


死の後には何もない。


無しか残らないんだ。


彼はそう思ってた。


だから、他人の葬儀で、どうして死んだ人のことを笑顔で話すことができるのか、彼にはわからなかったんだろう。


けど、彼女と出会い、愛する人を想い、大切な日々を、かけがえのない時間を過ごしたことで


死の後にも、たくさんのものが残ってる。


チョークで縁取った二人は確かにそこにいて、今、ミズドリのように、たくましく羽ばたいていけると


暗いテーマだけど、見た後すっきりしたのは、最後に見せた彼の笑みのおかげだろう。


ヒロシが彼女に宛てた手紙の中で


「死はたやすいことだが、愛することはつらいことなのだ」


という言葉が、何故か心に残った。


それでも僕は、愛することをやめないだろう。


つらくとも、君と生きる道を。


それより多くの幸せを。


この腕いっぱいの愛を君に。




最近、つくづく人生って何が起こるかわからないなぁと思う。


当たり前なんだけどね。


でも、半年前の状況と今の状況とか、心の持ちようとか、考え方とか


好きな模様まで変わってるんだから面白い。


まぁそれはある人の影響なんだけど。


そう考えると、出会いってすごい。


これもまた、この先どうやってどんな人と出会うかなんてわからない。


それも当たり前。


人生は何が起こるかわからないのだ。


自分の知らない所でも世界は回っていて


それがいつか自分の人生にも影響してくるかもしれない。


そうやって人生は進んでいく。


ある本で作家さんがこういうことを書いてた。


その作家さんは猫をたくさん飼ってるんだけど、飼い始めるずっと前に、猫の餌のことを友達と話してたらしい。


友達が飼ってたから。


で、作家さんが餌って言うたびに、相手が不自然な感じになるんだって。


そのときは相手がどうしてそういう反応するかわからなかったんだけど、自分も猫と何年か暮らすうちに、わかったんだって。


ずっと暮らしてると、猫も家族みたいに思えてくるから、餌って言い方に抵抗感が出るんだってことに。


それでその作家さんは書いてた。


長く生きるのっていいなって。


いろんな経験を積んで、少しずつ賢くなれるからって。


だから、年を取るって、いいことだって。


今年僕は学生を卒業して社会人になった。


別れもあったし、出会いもあった。


そのたびに色々思ったり、悩んだり、ときには泣いたりもした。


でも、その経験は自分の人生において、すごく大事な、かけがえのないものだと


今となっては思うのです。


それを思い出してセンチメンタルな気持ちになったりね。


それが、人生なんだ。


おもしろいじゃないか。


しょっちゅう迷って、たまには泣きじゃくって、それでも歩き続けて、だんだん大人になる。


やがて、ゆっくりと、いろんなことを受け入れられるようになっていく。


とにかく、終わりがくるそのときまで、僕たちは生きていくしかないのだ。


たとえそれが同じ場所をぐるぐるまわるだけの行為でしかないとしても、先を怖がって立ち止まっているよりは


何十倍も、何百倍もマシだ。


だから、そう、僕は進もうと思う。


恐れながら、泣きながら、進もうと思う。


そう思えたのはきっと、あなたのおかげだから。


なにが起きるかわからないこの人生で、一緒に進んでいってくれたら。


それで、あなたが少しでも幸せになってくれたら、嬉しい。



何もかも捨てて旅に出たいな、と思った。


ある朝突然に。


というか、そんな朝は珍しくない。


そして新しい自分になって、心のかたちを変えてしまいたいな、と。


朝ご飯を食べて、歯を磨いて顔を洗って、スーツに着替えて、僕はカバンを抱えて玄関を出た。


隣の家の庭にいる犬がこっちを見た。


僕はいったいどうしたんだろう、と犬に聞いた。


犬は何もこたえない。


どこかへ行きたくてしかたがないよ。


僕は表通りを歩き出した。


首をかしげながら、足早に歩いた。


黒い革靴がアスファルトの上で乾いた音を立てた。


駅に着き、電車に乗り、電車の窓から空を見上げた。


5ヶ月前。


本格的な夏を控えた7月のはじめ。


人付き合いもなく、僕は仕事仕事の毎日を過ごしていた。


そんな日々に埋もれないように、英語の勉強をしたり、植物の種を買ってきては育てたり


無理やり他のことに目を向けようと必死だった。


きっと、生気のない顔をしてたに違いない。


そんな僕に話しかけてくれたのが、彼女だった。


大丈夫?元気ないの?って。


気分転換に夜景でも見に行こうって言ってくれて、二人で五月山に行った。


大学の頃はしょっちゅう行ってたけど、卒業してからは一度も行ってなかった。


久しぶりに見る五月山の夜景はやっぱり綺麗で、でも僕は、隣に座る彼女との会話が途切れないように必死で


がむしゃらにしゃべってた。


彼女はそんな僕のくだらない話をただ、うん、うん、って聞いてくれてた。


その日を境に、僕の毎日は変わった。


もちろん、彼女のおかげで。


多くは語れないが、心のかたちが変わるような毎日に。


それから5ヶ月。


僕らは今日、こうしてまた同じように五月山を訪れた。


5ヶ月ぶりに見る五月山の夜景はやっぱり綺麗で、僕は、隣に座る彼女とお互いのことを話し合った。


たった5ヶ月だけど、いろいろあったねって。


ほんとに、いろいろあった。


僕はあの夜の、5ヶ月前がむしゃらにしゃべり続けた夜を思い出した。


あの夜が始まりだったし、あの夜の優しさがいちばん意味のあるものであったから。


僕はあの日と変わらぬ夜景を見ながら微笑んで、思った。


今、隣に彼女がいて、うん、うん、と僕は彼女の話を聞いてる。


幸せは、途切れながらも続くのです。