◆第1章 はじまりの日──2011年7月20日
私が声優 林沙織さんの存在を初めて知ったのは、2011年7月20日。
アニメ「セイクリッドセブン」のイベントとして、秋葉原アニメイトで開催されたメイド隊チェキ撮影会がきっかけでした。
当時の私は、三上枝織さんのファンであり、この日も、三上さんが出演されるという理由でこのイベントに参加しました。
そしてこのイベント出演者7人のうちの一人に、林沙織さんがいたのです。
当時はまだ、お名前を存じ上げていませんでした。
イベントでは集合チェキを撮影しましたが、この時、右隣に居た林さんと会話を交わすことは特段ありませんでした。
しかしこのイベントをきっかけに林沙織さんのことが気になり、当時パーソナリティとして出演されていた文化放送超A&G+の『超!A&Gミュージック+TV』を視聴することに。
◆第2章 繋がった“声”──めちゃこみ☆と私
その後すぐ(同年9月)に『超!A&Gミュージック+TV』の出演は終了しましたが、翌月から同局にて新番組『めちゃこみ☆』がスタートしました。
パーソナリティは、林沙織さんに加え、前述のチェキ撮影会でもいらっしゃった田中真奈美さん。
そしてこの番組を毎週聴いていくたびに、お二人の飾らないやり取り、掛け合い、テンポに惹かれていきました。
この番組は、私にとって間違いなく“週に一番の楽しみ”になっていました。
Twitterでは林さんにリプライを送るようになり、嬉しいことに返信も何度もいただき、そのたびに嬉しさを感じていました。
やりとりも重なる中で、少しずつ、こちらの存在も覚えていただけるようになっていきました。
同年12月31日──コミックマーケット81での番組CDお渡し会では、はじめて直接お会いする機会に恵まれました。
緊張しながら「亮と申します」と名乗ると、田中さんが「あ、さっき教えてもらいました」と言ってくれました。
林さんが「Twitterでいつも応援してくれている方ですって」と伝えてくれていたのです。
お二人が自分のことを知ってくれていた。 その感動は、今でもはっきりと胸に刻まれています。
◆第3章 支えてくれた人──林沙織さんという存在
以降も“日常の一部”のように、林沙織さんのことを応援している時間が増えていきました。
ラジオ番組にメールを送ったり、Twitterでリプライをしたり、お手紙を書いたり。
林さんは私の声にも丁寧に応えてくださり、丁寧なお手紙のお返事も何度もいただきました。
そこでも、私のことを励ましてくれたことは一度やニ度ではありませんでした。
そうしたひとつひとつのやり取りが、宝物のような記憶として心に刻まれていきました。
2012年3月には東京国際アニメフェアで『めちゃこみ☆』の生放送&お渡し会が開催されました。
この時私は整理番号1番。最前列で放送を見守り、お渡し会でも一番手として直接言葉を交わし、笑顔を向けてくれた林さんが、今でも忘れられません。
2012年当時、私は、病を患い、診断がつかず出口の見えない時期が続いていました。
不安と焦燥のなかで、心が折れそうになったことも何度もあります。
でも、そんな時期にも、林さんの活動がずっと支えでした。
舞台『Lunatic Syndrome』で見せた真剣な演技、ブログやTwitterで語られる前向きな言葉、めちゃこみ☆での姿。
すべてが「自分もがんばろう」と思わせてくれたのです。
ついに私の診断名がはっきりして治療方針が決まった時、そのことを報告すると、自分のことのように喜び、お手紙で励ましてくれたことは今でも忘れられません。
そしてこの頃(2013年末頃)、プレゼント企画で、ご本人手編みのマフラーをいただきました。
もちろん、今でも無くさずに取ってあります。
◆第4章 終わりじゃないと思いたかった──『めちゃこみ☆』最終回
2014年3月31日、2年半続いた『めちゃこみ☆』がついに最終回を迎えました。
月曜の夜にお二人の声を聴き続けてきた身としては、最終回という事実は非常に重たいものでした。
最終回、番組では、これまでの歴史を振り返るような流れでリスナーからのメールが読まれていきました。
その中で、私が送った番組の歴史を振り返る長文のメールも読んでいただきました。
私のメールの締めは「お二人に幸あれ」でしたが、それを受けてお二人からも、「亮さんにも幸あれ」と番組内で仰って頂けました。
この言葉は私にとって何度も聞き返すくらいの宝物となりました。
当時の私は、病気で心身ともに不安定で、何かを楽しむ余裕もほとんどありませんでした。
そんな中でも『めちゃこみ☆』を聴く時間は、心から楽しみにしていました。
そして番組が終わったあとも、私はしばらくこう思っていました。
「めちゃこみは終わってないんだ(*^◯^*)」
また月曜になれば、きっといつものように声が聴こえてくるんじゃないか――そんな錯覚を、しばらく抱いていました。
◆第5章 声が届かなくなったあと
そして、とある出来事が起こりました。
その出来事はとてつもなく衝撃なものでした。
動揺し、何より「自分に何かできることはなかったのか」と、何度も自分を責めました。
以降――私は彼女についてTwitterやブログで語ることを一切しなくなりました。
それはあまりにも大きな出来事で、私の中にも深い傷を残したからだと今振り返ると思います。
そして、この後の私は、心に蓋をしていたかのように、声優ファンを続けていました。ただ、心に一つの傷痕を抱えながら。
この間にも、折にふれてふと思い出していました。
「彼女は今も元気にしているだろうか」
「穏やかに過ごせているといいな」――そう、ただ願うように。
彼女の声を聞くことも、私の声を彼女に届ける機会もなくなったけれど、
この10年間、私の中で林沙織さんという存在が完全に消えることはありませんでした。
◆第6章 だから、いま、書いている
あれから、10年以上の時間が流れました。
季節は巡り、生活は変わり、日々の出来事に追われる中でも、決して私の中から彼女の存在が消えることはありませんでした。
ふとした時に思い出すことがあります。
『めちゃこみ☆』での姿、直接お話したときの笑顔、メールが読まれたときの喜び、お手紙で私の病気を励ましてくれたこと──どれも、私にとって確かな「大切な時間」でした。
そして今回、こうしてブログに言葉を綴ろうと決めたことで、私は10年ぶりに、あの頃の記憶を深く掘り起こしました。
その作業は、正直とても辛いものでした。
思い出に触れるたびに胸が締めつけられ、当時の心の揺れがそのままよみがえってくるようでした。
でも、だからこそ、書こうと思ったのです。
私は、林沙織さんに救われてきました。
言葉にすれば簡単だけれど、あのとき、林沙織さんという存在がいなければ、今の自分は存在しなかったかもしれない。そう思うことさえあります。
それだけのことを受け取りながら、私はあの出来事以降、何も書かず、語らずにいました。
それは、沈黙というより、自分の中で“封じた”のだと思います。
思い出すこと自体が苦しく、向き合うことを避けていたのかもしれません。
どこかで君も笑っているかな
この一節は、林沙織さんと田中真奈美さんが歌う、ラジオ『めちゃこみ☆』のテーマソング『めちゃきみ☆』の冒頭部分です。
当時は毎週当たり前のように耳にしていた曲ですが、改めて今回じっくり聞いてみました。
そしてこの曲の冒頭から最後まで、10年という時間を経た今の私の思いを、そのまま映し出しているように感じました。
暗闇の中で僕に光をくれたのは 君の笑顔と優しい声
彼女の存在は、上記の歌詞のように当時の私にとってまさに「暗闇の中で光をくれた」ものでした。
林沙織さんという人に救われたことを、あの楽しかった時間のことを、言葉にして残しておきたい。
忘れられたくないとか、誰かに伝えたいとか、そういう感情ではなく、ただ、確かにそこにあった私の想いを、自分の手で形にしておきたかった――
――それが、このブログを書く理由です。
これは、ご本人に読まれることもなくていい。誰かに届かなくてもいい。
だけど私は、いま、こうして文字にしています。
林沙織さん。
あなたがいてくれた時間に、心からありがとう。
そして、願わくば、あなたのこれからに幸あれ。
あとがき
このブログは、かつて一人の声優を応援していた私の、個人的な記録です。
思い出を“過去”として片付けきれずにいたからこそ、ここに書き残すことで、自分なりの節目をつけようと決めました。
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。










































































































































