高校時代を過ごした宮城。


青春を共にした友人が

たくさん住んでいるその土地が


あっという間に

海にのまれていくテレビからの映像を


あの日

震えながら見ていた。



しばらくは

計画停電で仕事ができなかったり

買い物がままならなかったり

自分の生活が落ち着かない。


直接被災したわけでもない私が

生活に不自由を感じることや


宮城の友人達に

何もできないどころか

無事かどうかの確認さえ

怖くてできないことに


強い罪悪感を感じていた。


「音楽を教える」という自分の仕事が

いったいなんになるのか。

虚無感に襲われていた。



あのまま、

出会いがなかったら

私はどうしていただろう。。。



でも私は「嵐」に出会った。


おそらく私と同じように

自分の立場や仕事に対して

罪悪感や虚無感を感じていただろう彼らが


ひとつの覚悟を決めて歌った

「果てない空」


自分達にできることは

音楽の力を信じて

メッセージを送り続けること…。



その覚悟を見たとき

私も覚悟を決めました。


今自分にできることを

精一杯やるしかない。




友人に連絡をとりました。

生きていました。


目の前にいる生徒達に

音楽を通して

「今、歌えること、演奏できることの幸せ」を伝えることに集中しました。


いつか

音楽が必要とされる時が来たとき

彼らが豊かな音楽を奏でられるよう願い…。



嵐を応援することで

被災地を応援することにもなる…


そんな試みを

いくつも用意してくれて


「今自分にできること」を

増やしてくれたのも嵐です。



10年がたちました。


被災地の悲しみや苦しみが

消えてなくなることはない。


あの時、

被災地ではないところで

罪悪感を感じて

今もそれをもち続けている人も

きっとたくさんいる。



その一方で希望もある。


みんなが前を向いて歩いてきた結果が

形になっている。



ただ、

みんなが前を向きはじめると

不安になることがひとつある。


あの時を振り返るのが

あの時を蒸し返すみたいで

申し訳ない…という気持ちになること。


きっと今も

前を向けない人もいるだろうし


前を見ることに集中していて

あの時の気持ちに向き合えずに

封印しているだけの人もいるかもしれない。


そういう人にも

寄り添いたいと思うけれど…



私にできることは

「忘れない」


それだけ。


翔ちゃん、

今もあの時思ったことを

心にとめていますか?


「いつも通りのことをいつも以上にやる」



あれから10年ですね。。。