特別配信は

過去の映像だった。

ミュージックビデオやLIVE映像。


若い頃のキラキラが

眩しかった。


でも、寂しさはなくて

懐かしさがあった。

あ、この気持ちでこれを観られるなら

LIVEも大丈夫だな。と、思えた。


思った通り

LIVEは

ただ、ただ、楽しかった。

挨拶の時だけ、悲しかった。


もう

こんなにキラキラした彼らに

会うことは出来ない。

もう

ドキドキを更新することは

たぶん出来ない。


でも、その寂しさ、悲しさは、

きっと本人たちが

1番感じている。

それが、挨拶の時に伝わってきて

悲しかった。



だからと言って

嵐を永遠に更新し続けることも

難しいだろうと

それはLIVE全体から伝わってきて

寂しかった。


休止中、

5×20の映画は観に行った。

でも深い感情移入は出来なかった。

過去のLIVE映像を見返すことは

しなかった。

なんでかな。。。


「休むってなに?」


そういう気持ちが

根底にあったからかもしれない。


でも LAST LIVEは

楽しめたし

これから時間があったら

過去のLIVE映像を観ても大丈夫、

元気がもらえる気がした。


懐かしさと、

あの頃のキラキラで、

清々しい気持ちになれる気がした。




休止期間は

私にとっては正直長かった。


だけど、

嵐5人が

いよいよその時を覚悟するには

必要な時間だったんだと

今は思える。


2020年で

終わらせることも考えたと思う。

でもそこで終わらせなかったのは

5人の想いの中間地点を着地にしたから。


やめたい人がいたら

どうやっても続かない。

「嵐」は、

それで続けられるようなものじゃない。


でも、

やめたくない人がいるのに

やめます…と言えるようなものでもない。

「嵐」はもう

そんな簡単に終えられないくらい

数々の重責を抱えていたから。


覚悟を決めなきゃならない。

それは、本人たちもだし

関係各所もそうだったのかもしれない。

そのために必要な時間だったんだね。


まぁ途中…

ジャニーズが

何やらいろいろあったからね。

そういうことも

あるのかもしれないしね…





「できるか、できないかではなく、やるか、やらないか」


ニノの言葉が

私に確信させてくれた。

この16年間、

私の思う、私がここで語る「嵐」は

ほぼほぼ間違っていなかった。

会って話して確かめたことは無いけど。笑。


「嵐」が終わってしまっても

「嵐」が変わってしまう訳じゃない。

宝箱を開ければそこには

変わらない「嵐」がいると

昨日、ようやくそう思えた。


変わるのは

「嵐」との距離感だけ。


それは、

彼らが今まで

「嵐だからできること」やってきて

でもこれからは

「嵐だから出来なかったこと」に挑戦していくのと

似ているのかもしれない。




ありがとう

そして

これからもよろしく