あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
明日の弁辰伝についての後は、倭人伝に入ります。
今年中に新唐書まで終わらせ、日本書紀に入っていければいいかなと思っています。
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開設して1ヶ月ちょっと、訪問していただきありがとうございます。
今年は昨日の更新で最後になります。
皆様良いお年をお過ごしください。
来年は1月3日か4日から再開致します。
【原文】
弁辰亦十二國又有諸小別邑各有渠帥大者名臣智其次有險側次有樊濊次有殺奚次有邑借有已柢國不斯國弁辰彌離彌凍國弁辰接塗國勤耆國難彌離彌凍國弁辰古資彌凍國弁辰古淳是國冉奚國弁辰半路國弁樂奴國軍彌國弁軍彌國弁辰彌烏邪馬國如湛國弁辰甘路國戶路國州鮮國馬延國弁辰狗邪國弁辰走漕馬國弁辰安邪國馬延國弁辰瀆盧國斯盧國優中國弁辰韓合二十四國大國四五千家小國六七百家總四五萬戶其十二國屬辰王辰王常用馬韓人作之世世相繼辰王不得自立爲王「魏畧曰明其爲流移之人故爲馬韓所制」土地肥美宜種五穀及稻曉蠶桑作縑布乘駕牛馬嫁娶禮俗男女有別以大鳥羽送死其意欲使死者飛揚「魏畧曰其國作屋橫累木爲之有似牢獄也」國出鐵韓濊倭皆從取之諸巿買皆用鐵如中國用錢又以供給二郡俗喜歌舞飲酒有瑟其形似筑彈之亦有音曲兒生便以石厭其頭欲其褊今辰韓人皆褊頭男女近倭亦文身便步戰兵仗與馬韓同其俗行者相逢皆住讓路弁辰與辰韓雜居亦有城郭衣服居處與辰韓同言語法俗相似祠祭鬼神有異施竈皆在戶西其瀆盧國與倭接界十二國亦有王其人形皆大衣服絜清長髮亦作廣幅細布法俗特嚴峻
【書き下し文】
弁辰は亦十二國、又諸小別邑有り、各渠帥有り、大者は臣智と名し、其の次險側有り、次、樊濊有り、次殺奚有り、次邑借有り。已柢國、不斯國、弁辰彌離彌凍國、弁辰接塗國、勤耆國、難彌離彌凍國、弁辰古資彌凍國、弁辰古淳是國、冉奚國、弁辰半路國、弁樂奴國、軍彌國、弁軍彌國、弁辰彌烏邪馬國、如湛國、弁辰甘路國、戶路國、州鮮國、馬延國、弁辰狗邪國、弁辰走漕馬國、弁辰安邪國、馬延國、弁辰瀆盧國、斯盧國、優中國有り。弁辰韓、合わせて二十四國、大國四五千家、小國六七百家、總四五萬戶。其の十二國、辰王に屬す。辰王常に馬韓人を用い、之を作る。世世相い辰王繼ぐ、自ら立し王爲り得ず。「魏畧曰く、明に其の流移の人の爲、故に馬韓制する所と爲る。」
土地は肥美、五穀及び稻種するに宜しく、蠶桑を曉り、縑布を作る。牛馬に乘駕する、嫁娶の禮俗、男女別有り。大鳥の羽を以て、死を送る。其の意、死者が使い、飛揚するを欲す。「魏畧曰く、其の國、木を橫に累げ屋作る。之の爲牢獄に似て有る也。」
國は鐵を出し、韓、濊、倭は皆之を取るに從す。諸巿買、皆鐵を用い、中國の錢を用いるが如し。又以て二郡に供給す。俗は歌舞、飲酒を喜ぶ。瑟有り、其の形筑彈に似て、之亦音曲有り。兒生まれる、便ち石以て其の頭厭え、其の褊を欲す。今辰韓人皆褊頭。男女倭に近く、亦文身す。步戰に便れ、兵仗は馬韓と同じ。其の俗、行く者相い逢う、皆住まり路を讓る。
弁辰と辰韓雜居し、亦城郭有り。衣服、居處は辰韓と同じ。言語、法俗相い似る。鬼神の祠祭に異有り。施竈皆、戶の西に在り。其の瀆盧國と倭は界を接す。十二國亦王有り。其の人形、皆大。衣服は絜清、長髮。亦廣幅の細布作る。法俗特に嚴峻。
【日本語訳】
弁辰もまた十二国ある。又諸々に小別邑があって、各々に渠帥がいる。大者は臣智と名乗り、其の次は順に險側、樊濊、殺奚、次邑借がある。已柢国、不斯国、弁辰彌離彌凍國国、弁辰接塗国、勤耆国、難彌離彌凍国、弁辰古資彌凍国、弁辰古淳是国、冉奚国、弁辰半路国、弁樂奴国、軍彌国、弁軍彌国、弁辰彌烏邪馬国、如湛国、弁辰甘路国、戶路国、州鮮国、馬延国、弁辰狗邪国、弁辰走漕馬国、弁辰安邪国、馬延国、弁辰瀆盧国、斯盧国、優中国がある。弁辰韓は合わせて二十四国、大国は四~五千家、小国は六~七百家あり、全て合わせて四~五万戸ある。その十二国は辰王に属している。辰王は常に馬韓人がなっていて、国を作っている。代々辰王は継いでいくが、自ら王に立つことはできない。「魏略の引用。明らかに流れて移民した人達なので、馬韓が制している。」
土地は肥沃で有り、五穀や稲を育てるのに良い。養蚕を知っていて、縑布を作る。牛馬に乗ったり、引いた駕籠に乗る。結婚の礼俗は、男女別にある。大鳥の羽を使って、死を送っている。その意味は、死者が使って、空高く飛びあがることを望んでいる。「魏略の引用。その国は木を橫に繋げて家屋を作る。その為、牢獄に似てしまっている。」
国は鉄を出し、韓、濊、倭は皆鉄を取るのに従事している。諸々の市場の売買には皆鉄を用いており、中国の銭を用いるようなものである。又鉄を二郡(楽浪郡、帯方郡)にも供給している。
習俗は歌舞、飲酒を喜んでいる。瑟が有り、その形は筑弾に似ていて、この音曲が有る。子供が生まれると、すぐに石で子供の頭を押さえ、狭くすることを望んでいる。今辰韓人は皆褊頭である。男女は倭人に似ており、文身している。歩戦に慣れていて、兵器は馬韓と同じである。その習俗、道を歩いている者達が互いに逢った場合、皆止まって道を讓っている。
弁辰と辰韓は雑居していて、城郭がある。衣服、住居は辰韓と同じで、言語や法俗は似ている。鬼神の祠や祭は異なっているところがある。竈は皆、戸の西にある。弁辰の瀆盧国は倭と境界を接している。十二国に王がいる。王の身長は、皆高い。衣服は清潔で、長髪である。また広い幅の細布を作る。法俗は特に厳峻である。
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縑布・・・目を緻密に固く織った平織りの絹布。かとりぎぬ。
瑟・・・中国雅楽の代表的弦鳴楽器 。箏に似ているが、弦の数が多い。
褊頭・・・後頭部が絶壁になっていることを指すと思われる。
辰韓の長老達は、先祖は亡命人で、秦の賦役を避けて、韓国に来たと伝えている。韓伝の魏略からの引用部分で、遼東まで長城を築いたとありますが、これに動員されていた民だったと思われます。逃げてきて、韓国までやってきたのでしょう。かなり多かったのでしょう、東方の土地を割譲して与えたとあります。
馬韓と言葉が違うのは、中国人の子孫だったからでしょう。秦人に似ているということなので、先祖は旧秦王国の領域出身の民だったのでしょう。長城築城に動員された時に、燕や斉の文化の影響を受けたので、名や物も似ていたと思われます。
楽浪人は辰韓を阿残と名付けている。東方人(辰韓人)は自らを阿と言い、楽浪人は元々、東方人の残餘人と言っている。楽浪郡に住んでいる人も戦乱を逃れて中国から逃げた人々の子孫ですから、間違いでは無いです。
辰韓を秦韓としている者がいるというのは、秦の亡命者であることからでしょう。
六国から次第に分かれて、十二国となって魏の時代に到ってます。韓伝にあった国の羅列の中に国名があるでしょうが、どれかはわかりません。
【原文】
辰韓在馬韓之東其耆老傳世自言古之亡人避秦役來適韓國馬韓割其東界地與之有城柵其言語不與馬韓同名國爲邦弓爲弧賊爲寇行酒爲行觴相呼皆爲徒有似秦人非但燕齊之名物也名樂浪人爲阿殘東方人名我爲阿謂樂浪人本其殘餘人今有名之爲秦韓者始有六國稍分爲十二國
【書き下し文】
辰韓、馬韓の東に在り。其の耆老、世に傳う。自ら言う、古の亡人秦の役を避け、韓國に適り來る。馬韓、其の東界の地を割って之を與う。城柵有り、其の言語、馬韓と同じず。國の名、邦と爲し、弓を弧と爲し、賊を寇と爲し、行酒を行觴と爲し、相い呼ぶ皆爲徒と爲す。秦人に似る有り、非但、燕、齊の名、物也。樂浪人、名して阿殘と爲す。東方人、我の名を阿と爲し、樂浪人、本は其の殘餘人と謂う。今、之の名、秦韓と爲す者有り。始め六國有り、稍に分け、十二國と爲る。
【日本語訳】
辰韓は馬韓の東にある。辰韓の長老は世に伝えている。自分達の先祖は亡命人であり、秦の賦役を避けて、韓国に来るに到り、馬韓は東方の地を割譲して亡命者に与えた、と。城柵があり、言語は馬韓と違っている。国の名前は邦とし、弓は弧、賊は寇、行酒は行觴、互いに呼ぶことは皆、徒としている。秦人に似ているだけでなく、燕と斉で使われている名や物も似ている。楽浪人は阿残と名付けている。東方人は自らを阿と言っていて、楽浪人は元々、東方人の残餘人と言っている。今、この名を秦韓としている者がいる。始めは六国有ったが、次第に分かれて、十二国となった。
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行酒・・・酌