この数日は色々あった。

信じられないことに、本来8週目後半だったけど、6週+で流産していた。

娘を授かる前、2012年6月にも流産しており、まさかの2度目の流産だった。

 

本来なら娘の3歳の誕生日祝いと1泊2日旅行、と楽しみなイベントが待ってたのだけど、

その前に、骨盤?腰の痛みが少し気になったので、妊娠中だし旅行前のチェックと気軽

な気持ちで病院へ。

 

腰の痛み自体は絶対赤ちゃんに関係するような支障はなく、単に骨か筋の痛みだと

確信はしていたけど、右みぞおちあたりが少し痛むからと、念のため血液検査、尿検査、

エコーで盲腸炎の検査をすることに。

 

午後は色々やることあって忙しかったけど、早く帰れると聞いたから病院に行ったのに、

エコーもかなり待たされて、あげくに婦長らしいかなり感じの悪いぶっきらぼうなおばさん

が担当で、私は前に一度受けたことがあり、印象も最悪で大嫌いだった人だ。。

 

お腹の上から盲腸炎確認して、問題なし。想定内。

その後赤ちゃんの状態を見るためのエコー。

無言で進む状態チェック。

画面を見ていて、心拍がないのが自分でも分かって、

通訳さんに「動いてる?えっ、動いてない?」と何度も聞いていた。

何度言っても誰も反応してくれず、やっと少し経って通訳さんが口を開く。

 

「赤ちゃん心拍が確認できない」

 

赤ちゃんは静かに息を引きとっていた。。。

 

もう、あまりに予想外の展開に、信じられなくて、、、

でも、なぜか、そんな悲しみよりも、その時の婦長はまったく慰めの言葉をかけることも

なく、淡々と進め機械を閉じ、広東語でデカい下品な声で何かを発し、そしてその隣で

メモをとるスタッフが、流産だと分かった数秒後なのに、何やらニヤニヤと笑いながら

PC画面を見ている。その事にすごく腹が立った。

 

私はその婦長をにらみつけ、今なんて言ったの?と通訳さんに聞くと、「初期の流産は

よくあること」だと言う。なんの慰めの言葉ひとつなく、微笑みかけることもなく終わり、

去っていく。昼食でも取りに行ったのだろう。

その対応に、本当に信じられなかった。コイツは人間じゃない。

 

笑ったスタッフにも、その瞬間「何、今なんで笑ったの?」と怒りながら日本語で言い放つ。

通訳してくれて、その後の弁解は、「自分のミス(入力ミスか読み間違えか知らないけど)

で笑ってしまった。流産したから笑ったわけではない、ごめんなさい」

とのこと。

そんなの、流産して笑うなんて問題外だろ。あたりまえだ。

この流産してショック受けている状況で、そんな自分のミスで笑うこと自体、

ありえないだろ、ふざけんな!!!!

と怒りがどんどんこみあげてくる。

 

が、その二人に腹を立てた後は赤ちゃんを亡くしたショックも大きくなり、

もう愕然としてしまう。

その時は涙も出なかった。

でも、悲しみだけにふけりたいのに、怒りもこみあげてくる。

すごく変な心境。

 

なんかもう、その病院に対しても、中国人に対しても、憎悪の念でいっぱいになった。

残念ながら、ますます中国人が嫌いになった。

やっぱり冷たくてぶっきらぼうで雑な国民だなと。

 

 

 

主人に電話する帰りの車で、初めて赤ちゃんを亡くしたことへの悲しみがこみあげ、

涙が止まらなかった。

こんな報告をすることになるなんて信じられなかった。

主人も同じ気持ちだっただろうな。

 

その日は、帰って初めてゆっくりピザ屋さんでランチデート(娘は振替登園日で保育園)

して、夜には娘の誕生日祝いのためディナーの準備や飾りつけをすることになっていた。

 

まさかそんな不幸が訪れるなんて・・・

 

その日はお店でピザを食べながら、主人と話し合った。

 

「もうこれ以上中国にいなくてもいいね。〇〇ちゃん(娘)の保育園生活も、日々の生活も

やっぱり中国で頑張るより日本にいたほうが断然いいし。早めに帰ってもいいかもね。」

 

という話だった。

 

娘の幼稚園選びのこともあるし、安定期をみて、夏を目途に本帰国の予定だったけど、

もう妊活を中国でする気にはなれない(あの病院に通院する気がない)し、娘にとっても、

日本の環境が一番、という思いから、もう中国で頑張って生活する気がなくなってしまった。

 

主人も、お盆あたりに1回、国慶節に1回、12月に出張で1回と、2か月に一度は帰ってこれる

目途もたっているので、それなら早くベストな環境に戻るのがいいね!と。

 

中国生活、、、

赤ちゃんをなくして、結局何も残らなかった、、、という思いでいっぱいになってしまった。

本当はこんなふうに考えるのは私自身の2年半を無駄にするようでよくないんだけど。

 

でも、今は気持ちに正直に。。。徐々に気持ちの転換をしていけばいい、と思っている。