光莉が生まれて1ヶ月半。
ブログには、妊娠期間のことも、出産のこともここには綴られておらず、ちょっと当時の気持ちとか残しておけばよかったかもとちょっと反省。

妊娠するまでも長く浮き沈みの激しい日々で、体外受精のためのお腹にうつ注射や頻繁通う不妊治療にもただ無に近い感情で耐えたし、
コロナの緊急事態宣言で幼稚園がしばらく休園になった時期と、ツワリがかぶり、2ヶ月近くは本当に辛すぎる毎日だったし、
安定期は友達とぱーっと躊躇なく会えることはできないなりに、コロナの少ない時期にちょくちょく会ったり出かけたり。それでも今回はかなり保守的で、引きこもる生活を意識的にしてきた。
年齢や体力、すごく警戒して無痛分娩を選択。

結果、本当に穏やかに出産を迎えられ、心底ホッとしたのを覚えている。そして、長い長い道のりをようやく抜けて、私自身の役割を果たせた気持ちになれた。

光莉ちゃん、もちろん私も待ち望んでいたのもあるけど、愛ちゃんのためでもあり、旦那のためでもあった。そしてさらに、姉妹だったらな〜と望んでいた通りで、愛ちゃんも光ちゃんも、姉妹としてこれからの人生も仲良く助け合って生きていけるかもと思うと、本当に神様に感謝でいっぱい。

そして、生まれてから、もう光莉ちゃんで最後の子育てということもあり、一日を噛み締めるように過ごす日々。
愛ちゃんも助けてくれるのもあるし、2回目の育児ということもあるし、今のところ新生児で育てやすいのもあるかもしれないけど、とにかく可愛くて癒しでしかなく、辛いとほとんど感じることもない。

私はこの2人を見ていて、私を幸せにしてくれるために2人は生まれてきてくれたのかと感じてしまう。

私も色々人生あったけど、なんだか、苦労や努力をしてきた人生のご褒美なのかな?と思うくらい。そして、あとはもう思い残すことはないくらいの感覚。いやいや、まだ私には2人を育て上げ、長生きしてまだまだ支え続ける使命があるのだけどね。

そして、この子達が生きるこれからの100年を考えてみた。
私はもう人生あと60年くらい。でもまだこの子達には100年くらい残されているかもしれない。
この今の世の中、10年でも目まぐるしく世の中が、世界が、動き変わるのだから、100年先って一体どうなっているのだろう。

正直、子供を作る時点でも、すごく考えてしまっていたのだけど、私は昔から、未来に対してあまり明るい方向に進むとは思えずにいる。子どもが生きる100年が、明るくない、地球が破滅に向かっているとさえ思う私、それなのに子どもを授かることに、大きな矛盾を感じるのだ。
それでも、家族をつくることの希望、自分の親への想いや、子を授かる喜びを感じ、生むことを望み今こんなに愛おしい2人の娘を授かった。
授かったからには、2人が生きる未来を少しでも明るいものにしたい。
明るい未来を地球規模で変えるには、さすがに私1人の力ではどうにもならないし、願っても変わるわけではない。
けど、今この子達が生きてる身近な環境、それは家族という単位がまずは一番、そしてそれを取り巻く生活環境を、明るいものにしたい。
私にできることは、一日でも、一瞬でも多く、たくさんの楽しい出来事、笑える出来事、幸せな出来事を与えてあげる!!ということ。
私たちのもとにうまれてきてくれたからには、たくさんのそんな時間を過ごし、明るい未来を歩んでいると思える人生にしてあげたいな、と思う。

なかなか体力気力がなかったり、性格的にそんなパワフルな言動を振る舞えるわけじゃないけど、私なりに、この子達に愛情をいっぱい注いであげたいなと思って、この記事を書いた。
寝顔を見ながら、久々に綴ろうと決意した。
今の気持ちを忘れたくないから。
また振り返って読み返して、これからの子育て前向きに頑張ろうと思う!