教師になったアラフォーおっさん -8ページ目

教師になったアラフォーおっさん

思ったことや考えたこと、起きたことや見たことなどは日記に残さないと忘れてしまうよね。備忘的ブログ

今日は中学校では技能教科の試験があった。

沖縄では1年生から学年末の内申点が高校へいくので

1.5倍の傾斜配点のある技能教科は落とせない。

 

といってもわれら塾でその対策をすることはないので

そこは任せるしかないのだが、何もしないわけではない。

かなりの声掛けをするし、1年生の今から高校入試の結果に

影響を及ぼすので良い点数を目指してもらう。

 

今日の琉球新報のコラムに木村達哉先生の「成績をあげるメカニズム」

という記事があった。

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-835200.html

その記事をまとめると、

 

1.成績をあげるのは授業ではない

 授業を受けるのはみんな受ける。でも同じ授業を受けても

 成績に差がでるのはなぜか。それは習ったことをどれだけ

 理解しているか、また使いこなせるまでひたすら繰り返す

 ことにつきる。

 

2.教員は家で勉強したくなる仕組みを作るべし

 家で自ら進んで勉強をする生徒はほとんどいません。

 たいがいは親からやれと言われる。しかしこれでは

 一回やれと言われるたびに偏差値が「5」下がると

 言われている。教員は宿題なり、テストを実施する

 ことでその生徒のモチベーションをキープするように

 努めなければいけない。

 

3.木村先生の授業では、毎回10~15分の自習を取り入れている。

 自習が大事大事といっても、その自習の仕方が分からなければ

 誰だってできない。そのやり方を授業で教えていくことで、家での

 勉強を自発的にやるよう仕組んでいる。

 

4.家庭はリラックスの場

 補講が大好きな沖縄県。小中高校ではどこももれなくやっている

 ありがた迷惑な制度。こどもたちは一日6時間も椅子に座り続け

 勉強をしている。その上補講し、帰宅してからも宿題に追われ、

 それをやるならまだしもやらなければ親から勉強したかと問われ

 たりする毎日。学校だから人間関係に悩むこともいるし、部活動

 に汗を流す子もいる。授業は授業で理解させることに全力を

 注ぐことは教員としては当たり前で、その上で補講するというのは

 もう教員としての敗北宣言をしているようなものである。ちょっとした

 待ち時間やバスの中、移動の間などの隙間時間を有効活用し

 暗記したりすることで大幅に勉強時間は節約できるはずなのに。

 

 

木村先生のコラムで特に刺激を受けたのは、

「授業の中で自習時間を作ること」

これって、限られた時間で15分も時間を割くことって

かなり勇気がいる。ましてや公立学校では指導要領でいつまでに

どこまで終わらせなければいけないなどと決まりがあったり、

試験をするために他のクラスとの足並みを揃えたりしなければ

ならない。これは学校全体で大号令をかけ、システムそのものを

変えなければいけない。しかしそうしてまでやらないと、どんどん

生徒のみならず先生方まで苦しい思いをすることになる。結局は。

 

 

自分の授業ももっともっと再構築していく。

 

今日はテスト対策で、多くの生徒が授業がない日にも関わらず

塾にやってきた。

 

授業をやって、空いている時間でそれぞれの勉強を見て上げ、

終わるとへとへとだ。それがテスト対策期間。

 

やはり、仲の良い中学生同士。同じ小学校、同じ部活と

共通点もあればすぐ私語が始まる。

 

それを無くし、勉強に集中させることに割かれる時間のほうが多い。

 

楽しく勉強させたいので、怒ることはせず、気付かせる。

 

授業を受けてばかりいては駄目で、1人の時間を作り

復習・暗記の時間を取らないと成績はあがらない。

このため授業ばかりやる塾はどうかと思う。

確かに理解をさせた上での暗記をしなければいけないが、

往々にして中学生は最低限の暗記をする時間をとらない。

いや、中学生はビジネスマン顔負けの多忙さを極めるため、

時間を取ることもままならない。

それでも、部活動が大事なのかどうか、問いかけてほしい。

自分に今ほんとに必要なことはなんなのか。それは部活でも

構わないが、もし勉強しないといけないのであれば、

そのために時間を割くべきだ。

 

 

森鴎外の作品で『最後の一句』がある。

この一句とは、奉行所に捕らえられた父を助けるため、いちが奉行所に言った言葉、「お上のことに間違いはございますまいから」
からきている。
 
これは意味が2つとれる。
1つ目は、お上がどんな判断をしても、正しいものだと思って従おう、という献身の心。
2つ目は、まさかお上が間違った判断をするはずがない。
お上の名にかけて正しい判断をしてほしい、という反抗心。
国語の楽しさはここにある。
読み手によって解釈が違うのだ。
 
社会科でも、メディアリテラシー(情報を批判的に読み取る能力)の重要性が
うたわれている。
 
情報過多の時代、中学生は私が中学生の頃よりも多くのことを知っており、
自ら多くの情報に接する機会がある。
 
「勉強したくないならするな」
学習塾の塾長としてあえて口にしている。
これをどう読み取ってくれるか。
 
「勉強しなさい」では勉強しないことは多くの人が知っている。
そんなことをサラッと言える指導者に何人で会えるかどうか。
 
親は人間を見抜く力で塾を見てほしい。

 

 

2018年、今回の台風は恐ろしかった。今年は本土でも台風の被害が多い年で、沖縄は台風がいくつ来ても大したことなかったが、24号はやばかった。

冠水で車は水に浸かり、横転するのは当たり前、銀行の窓ガラスが割れたりもした。普段電気がある生活が当たり前になっているので、いざ停電すると何もできないことにうろたえてしまう。

停電した時に、ツナ缶でランプを作ることとか、車でケータイを充電することを学んだ。車載でiPhoneの充電器を持ってたほうがいいね。

改めて災害に対して考えさせられました。