琉球新報に掲載されていた木村先生のコラムを
読ませていただきました。
今回も秀逸な内容でした。
沖縄の高校生は、部活動は頑張るけど
勉強は頑張らない。高3の部活が終わって
受験対策に入る人が圧倒的に多い。
このことから中日に今回入団が内定した
大阪桐蔭高校、根尾君やメジャーで活躍
している大谷君の話を引用。
彼らは高校時代毎回10番以内の成績をキープ
しているほどの秀才のようです。
あれだけスポーツ面で騒がれて、勉学にも
手を抜かないのは何事にも一生懸命である
証左に他ならない。
本当に考えてほしい。
その道(部活動)で食べていく事を本気で
考えているなら100歩譲って(人生100歳時代に
この考え方もどうかと思うが)、そうでない
人たちは将来をどう考えているのだろう。
部活動の環境(指導者たち)もそのようにして
育ってきたからそうしているのだろうか。
指導者陣は結果を出したいから勉強そっちのけ
で打ち込むことを希望しているはず。
でも本当にそれでいいのだろうか。
「何事にも一生懸命打ち込む」ことを
教えていくことや、健康的な体つくりなどを
教えていく事こそが部活動のあるべき姿
なのではないだろうか。
特に沖縄は部活動の成果に一喜一憂
しすぎなきらいがある。
高校の前にも「○○部九州大会出場!」など
たくさんの横断幕があるが、勉強に関すること
がもっとあってもいいと思う。
英検準1級合格○○人とか。
僕が考える沖縄の未来は、
初等教育にあると思う。
地域によっては緩和されつつあるが、
小学校も部活動を頑張りすぎている学校が
多いように感じる。もっともっと必要なことを
見失わず、部活動も勉強も授けていかなければ
いかない。中学校に入って最初の中間テストで
開いた差は簡単には埋まらない。
それは素地が違うためである。
本人の頑張り次第でその差が埋まるのであれば
まだやる気も出るだろうし、大人も本気で応援
するだろう。もちろん頑張り次第でどうにかなる
ことを否定はしない。しかし、「簡単には埋まらない」
のである。部活動の時間や自分の時間を削ってまで
勉学に励むことができるか、ということである。
何かを得るには何かを犠牲にしなければいけない。
そのことを我々はもっと教えていかなければいけない。