その前に、平田実音さんと元横綱・千代の富士の誕生日が同じであることが判明した。
不謹慎ですが、こういう事が起きないとなかなか書ける機会もありません。
平田実音さんは1991年春から1994年春改編まで「ひとりでできるもん」の主役を務めておられました。
・1991年・・・この年は、ザ・ベストテンが終了して2年。チャゲ&飛鳥の「セイ・イエス」が大ヒットした年でした。世間が言うアイドル冬の時代はこの辺りを指す人が多いらしいが、あくまでも首都圏というか西日本の要素のない地域に限っての事と私は推測します。私個人にとってはフレッシュスターフェスティバルが終わった年という出来事が大きい。しかし?PTCという番組が日曜深夜に移動しかろうじでアイドルラジオが繋がった。当時は女性65:35男性。順序前後するが同年の春改正でプロ野球(中日ドラゴンズ中心)の中継の為終了となった東海ラジオでは「アイドルハウスビンバンブン」も終了したが秋からはチェックしていないがもうアイドル番組をやらなくなったようだ。
・1992年・・・バルセロナ五輪の年か。依然PTCは健在だったが女性52:48男性ぐらいになった。男性アーティストも、SMAPなどジャニーズだったらまだいいがだんだんとそれ以外の男性歌手も目立った。いい話もひとつ。たまたまテレビをつけたら「サイバーミーム」という番組をやっていて旧東京パフォーマンスドールに注目した。しかし曜日の関係でコンサートには足を運べなかった。それでも曜日とか無視でこの期間ひとつだけコンサートに行けるとすれば、CoCoでも高橋由美子でもなくTPDでした。
・1993年・・・念願のTPDのコンサートを日本武道館まで見に行く。しかし私にとって唯一の音楽ラジオ番組PTCもこの年には女性38:62男性になり、男性歌手もジャニーズ以外が激増した。その他に敢えて挙げるとすれば「東京おもちゃショー」に興味を持ったぐらいで、インターネットや携帯電話というものには関心がなかった。それでもラジオ番組では公開録音で新人から3年目ぐらいまでのアイドルの出演が多々あった。
さて実際問題・・・最初の会社の入社が平田さんが出演した頃+(滋賀県での列車衝突事故、同日に千代の富士引退表明)、退社してしばらくして彼女のひとりでできるもんが終了した。
やや長くなったので続編は別スレで・・・・