「こんなもんでしょう」と、よく言います。
出された料理に対して、話したプレゼンについて。
とかく、目の前に出した、出された、いろんなものに、「こんなもんでしょう」と言います。
相対の世界から見たら、不満を隠している姿です。
文句を言いたいけど、とか、もっといいものができるはずなんだけど、とか。
実は、今までは、この言葉で、傷つけあったんですよね。
ミロスを知った今、すでにそうである視点から観れば……。
全てが、「こんなもの」なんですよね。
全て、すでにそうであるから、そういうものにしかなり得ないのです。
「こんなもんでしょう」の言葉は、観る位置によって、全く違うということです。
勉強会やシェアの時に、話す機会があります。
私が話す時に、ミロスのエネルギーが出ます。
その話を聞いてくれている方が、ミロスのエネルギーを増幅させてくれます。
その、増幅されたミロスのエネルギーを、話した私が受け取らせてもらいます。
だから、たくさんの方が聞いて下さると、その分、ミロスのエネルギーが大きく増幅されます。
こうして、ミロスのシステムを話すことによって、どんどんミロスのエネルギーが増幅されます。
結果、ミロスのエネルギーがどんどん大きくなって、常にミロスの位置で、ミロスの世界観で生きることができるのです。
私が話す時に、ミロスのエネルギーが出ます。
その話を聞いてくれている方が、ミロスのエネルギーを増幅させてくれます。
その、増幅されたミロスのエネルギーを、話した私が受け取らせてもらいます。
だから、たくさんの方が聞いて下さると、その分、ミロスのエネルギーが大きく増幅されます。
こうして、ミロスのシステムを話すことによって、どんどんミロスのエネルギーが増幅されます。
結果、ミロスのエネルギーがどんどん大きくなって、常にミロスの位置で、ミロスの世界観で生きることができるのです。
身体に対して、いつも注文を付けていました。
痺れるのはダメ、痛むのはダメ、痒いのもダメ。
手よ、足よ、筋肉よ、情けないことを言うな、もっと力が入ってくれ。
トイレは我慢しなさい。又は、もっと早くトイレをしなさい。
とにかく、身体にいろんな注文を強いてきました。
私の思うように動いてほしいと、無理を言ってきました。
ミロスを知って、全てを受入れることを理解しました。
身体の痛みも、痒みも、筋肉がつることも。
全て、その時に感じることを、感じてみよう。受入れてみよう。
どんどん身体が愛おしくなりました。
身体に感謝が溢れてきました。
想いと身体が仲良くなりました。
痺れるのはダメ、痛むのはダメ、痒いのもダメ。
手よ、足よ、筋肉よ、情けないことを言うな、もっと力が入ってくれ。
トイレは我慢しなさい。又は、もっと早くトイレをしなさい。
とにかく、身体にいろんな注文を強いてきました。
私の思うように動いてほしいと、無理を言ってきました。
ミロスを知って、全てを受入れることを理解しました。
身体の痛みも、痒みも、筋肉がつることも。
全て、その時に感じることを、感じてみよう。受入れてみよう。
どんどん身体が愛おしくなりました。
身体に感謝が溢れてきました。
想いと身体が仲良くなりました。