私達が選んだ思考癖、ジャッジ癖に、何か悪いことをしたのかなというものがあります。
自分の思うようになっていない時、悪いことをしたのかな?
なかなか連絡が来ない時に、悪いことをしたのかな?
話しかけても返事してもらえない時に、悪いことをしたのかな?
頼んで嫌そうな態度をされた時、悪いことをしたのかな?
ミロスの視点から観れば、何にも悪いことはないのです。
ところが、思考癖、ジャッジ癖が自分を悪く思わせようとします。
なぜ悪く思わせようとするのかなと思った時、気付いたこと。
「あっそうか」。可哀そうな自分でいたかったんだ。
気付いて、笑って、もうアセンションです。
ミロスの実践は、両方を同時に観ることです。
冷たいと温かいの、両方が観えた時、笑いました。
冷たいにも、冷たいと温かい、温かいにも、冷たいと温かいがある。
冷たいと温かいが、両方同時に存在する。
冷たいだけしか見えなかったものが、温かいが同時に存在していた。
ミロスの視点から観るからこそ、両方が観えるのです。
そして、両方が観えて、なあんだと笑えるのです。
笑えるということが、ミロスの視点にいる証拠です。
冷たいと温かいの、両方が観えた時、笑いました。
冷たいにも、冷たいと温かい、温かいにも、冷たいと温かいがある。
冷たいと温かいが、両方同時に存在する。
冷たいだけしか見えなかったものが、温かいが同時に存在していた。
ミロスの視点から観るからこそ、両方が観えるのです。
そして、両方が観えて、なあんだと笑えるのです。
笑えるということが、ミロスの視点にいる証拠です。
私と一緒に泣いたり、笑ったり、怒ったり。
私と感情を共有してくれる人はいないと思っていました。
ミロスを知って、そんな自分は存在することを理解しました。
本当は、自分が泣いている時に、自分は泣いていまし た。
笑っている時には一緒に笑い、怒っている時には一緒に怒っていました。
いつも、私と私は一緒でした。
相対の、別々だと思っていた時には、解りませんでした。
本当は、泣いている自分に寄り添って一緒に泣いてくれる自分がいます。
ミロスで生きて感動、感激している自分に、一緒に感激、感謝している自分がいます。
今、はっきりと、一緒に楽しんでくれている自分を感じることができます。
私と感情を共有してくれる人はいないと思っていました。
ミロスを知って、そんな自分は存在することを理解しました。
本当は、自分が泣いている時に、自分は泣いていまし た。
笑っている時には一緒に笑い、怒っている時には一緒に怒っていました。
いつも、私と私は一緒でした。
相対の、別々だと思っていた時には、解りませんでした。
本当は、泣いている自分に寄り添って一緒に泣いてくれる自分がいます。
ミロスで生きて感動、感激している自分に、一緒に感激、感謝している自分がいます。
今、はっきりと、一緒に楽しんでくれている自分を感じることができます。