今日のドトールの珈琲のお供は、
久坂部羊著「命の横どり」
臓器移植に関する小説である。
日本ではドナーが少ない。
だから、奪い合い状態になる。
※※※
本書を読んで、運転免許を更新したときに、
免許証裏面の臓器提供意思アンケートに、
回答していないことに気が付いた。
早速脳死のときには、臓器をすべて提供するに〇をつけた。
善行をしたようで、気持ちが良い。
これで私は自動的に、延命治療を回避できる。
家族は植物状態の私の看病をしなくてすむ。
移植を待つ患者は、臓器提供を受けて健康になる。
3者が幸せになれる。
しかし……
*脳死とはいえ、自分の臓器が摘出されることは、なんとも気味が悪い。
*生きているのに、息の根を止めてしまうのはいいの?
*家族がそれを納得できるかどうか。
*脳死は誤診で、もしかしたら回復して健康状態になるかもしれない。
*移植を受けた患者は、本当に移植の必要があったのかな。
*かえって拒絶反応等で、苦しむんじゃないか。
~といったところが、日本で移植手術が少ない原因なんだろうね。
いや面倒くせえ、
少なくとも私の場合は、なんら躊躇なく臓器を摘出して構わない。
どうせ古希間近の身、もうそんなに長く生きられない。
人工呼吸器をつけてまで生きていたくない。
なにより、
自分は提供したくないけど、提供はしてもらいたい…
なんて言えないよね。
とはいえ、私のような老人の臓器でも、役に立つのかな。
角膜くらいしか提供できないとも聞くなあ。
皆さんは、脳死後に臓器を提供する気持ちはありますか?