今日のドトールの珈琲のお供は、
染井為人著「震える天秤」
地方のコンビニに軽トラックが突っ込み、
中にいた28歳の店長が死亡した。
運転していたのは、86歳の老人であった。
※※※
年は取りたくないものである。
86歳ともなれば、体と心に不具合があるでしょう。
事故を起こしてしまうのは、ありえることである。
かくいう私も、老いを感じまくってしまって落ち込んでいる。
特に見た目がじじいになっていることが、イヤである。
実年齢を伝えたときに、
「見えないです」とか「お若いです」「お若く見えますね」
なんて言われたことは一度も無い。
皆さん、お世辞や社交辞令すら言ってくれない。
もう60代後半、アラウンド古希であることを思い知らされる。
電車に乗ると、まず血眼になって空席を探してしまう。
空席を見つけると、そこに突進していく。
すると、目の前に、同じ空席を目指している人がいて目が合う。
ほとんどの場合、席を譲ってくれる。
なんで譲ってくれるの?
*私のほうが年上で、初老に見えるから。
*鬼気迫る勢いで座ろうとしているから、圧倒された。
最近では、3戦3勝である。
つまり悲しいかな、立派なじじいに見られているってことである。
私は本当にじじいになってしまった…、
私がじじいだなんて、
と思うと悲しい、寂しい、落ち込む、
時々、優先席に座っている若者の前に立ってみる。
幸か不幸か、譲られることはまずない。
少なくとも、よぼよぼのじじいには、見られていないようである。
一安心である。
皆さんは、若く見られていますか?
年相応ですか?
多くの人は、自分は若く見られていると思っているようです。
でもそれ、200%誤解ですから。
現実は厳しいです。