オーケストラ・ポートレート(委嘱新作初演演奏会)
8/27(金) 19:00開演(18:20開場)大ホール

 

マシュー・シュルタイス(1997~ ):『コロンビア、年老いて』(2020)世界初演
マティアス・ピンチャー(1971~ ):
『目覚め[ウン・デスペルタール]』チェロとオーケストラのための(2016)*日本初演
『河[ネハロート]』オーケストラのための(2020)世界初演
サントリーホール、ザクセン州立歌劇場・劇場、ロサンゼルス・フィルハーモニック、
スイス・ロマンド管弦楽団、パリ・フェスティバル・ドートンヌ、ラジオ・フランス共同委嘱

モーリス・ラヴェル(1875~1937):『スペイン狂詩曲』(1907~08)
チェロ:岡本侑也*
指揮:マティアス・ピンチャー
東京交響楽団

 

ピンチャーの「河 ネハロート」の世界初演などピンチャー作品中心のコンサート。冒頭の「コロンビア、年老いて」シュルタイスは若手ですが、ピンチャーの弟子でもあり、初の管弦楽作品とのこと。フランシス・ベーコンのあのインパクトのある肖像画いインスピレーションを得つつ、アメリカを象徴というか雅称であるコロンビア、新型コロナウィルスの感染が拡大し、人種に関わる不正を考慮する文化が全国規模で広がったアメリカという国で生きているという体験が重要な役割を果たした、との作曲者の弁。。。その音楽は抽象的で音そのものからは作曲家がいうようなものは正直微塵も感じられなかったのですが、、、将来大作曲家になるかもしれない人の初の管弦作品の世界初演を聞けたと変な納得。

 

ピンチャーの実質的にチェロ協奏曲第2番となるこの曲は3月にトッパンホールでとんでもない無伴奏リサイタルを開いてくれた岡本侑也がソリスト。パスという詩人からインスピレーションを得た作品とのことで、老人が粉雪ふる静寂な世界の中で自分の人生を見つめ、回顧し何を想うのか、その心の状態を音楽にしたとのこと。

 

そしてメインディッシュの河(ネハロート)。ネハロートとはヘブライ語で河のほかに、涙の意味も有しているとのこと。新型コロナウィルスの蔓延で不安定化した世界の荒廃と不安を映し出しつつ、最後には光への希望も表現しているが、トンボーであり、レクイエムであり、カディッシュとして人々に捧げるものとのこと。今その音楽を頭の中で反芻することはできないが、言いたいことのほんの少しの部分だけ体感できたような気がしました。

 

最後はピンチャーが一番影響を受けた作曲の作品としてラヴェルのスペイン狂詩曲が演奏されました。ピンチャーの指揮姿は決して器用ではないのですが、明晰で各楽器のバランスは流石作曲家。影響を受けたと言われると、何となく第1曲のあの物憂げな半音階の雰因気はピンチャーの作品の底通するものようにも解釈できなくはないか。また、第4曲のリズムと描き分けが見事。大地の歌では特徴まではなかったが、このスペイン狂詩曲の演奏は指揮者としての良い面を見せて貰ったと思います、では。

 

<細川俊夫によるピンチャー紹介文>

1971年生まれのピンチャーは、1970年周辺に生まれた優れた作曲家たちの中で、最も国際的に成功し高い評価を獲得している作曲家だろう。同世代にはイェルク・ヴィトマン(1973年生まれ)、オルガ・ノイヴィルト(1968年生まれ)たちがいる。すでに20代初めから、ヨーロッパの主要な音楽祭で華々しい活躍を続け、同時に指揮者としての実績も重ね、現在は世界各国のメジャーオーケストラから招待され、現代音楽だけでなく古典音楽の指揮の定評も高い。2013年からは、パリのアンサンブル・アンテルコンタンポランの音楽監督を務めている。

ドイツ生まれの作曲家だが、フランス音楽にも深く精通し、現在はニューヨークに住所を持ち、ジュリアード音楽院の作曲科教授をも務めている。世界で最も多忙な音楽家の一人である。

ドイツの作曲家には、ヘルムート・ラッヘンマン(1935年生まれ)、ヴォルフガング・リーム(1952年生まれ)のような強力な影響力を持った作曲家がおり、60年代後半から70年代初頭に育った作曲家たちは、これらの作曲家の強い影響を受けながらも、彼らの呪縛から逃れてより自由な表現力に満ちた音楽を生み出していこうとする姿勢が見られる。ピンチャーはダルムシュタット国際現代音楽夏期講習が持っていたような独善的、イデオロギー的な音楽観からはその出発点から遠く離れた作曲活動を展開してきた。

彼には “bereshit” という室内アンサンブル作品がある。「ベレシート」とは、ヘブライ語で「世界の始まり」、「創世記」、「始原」を意味する。ピンチャーの音楽を聴くと、常にこの「ベレシート」という言葉が浮かび上がってくる。既成の音楽語法になる以前の「音」、言葉が生まれる以前の「音」を用いながら、創世記の背景に漂う大気の流れのような創造的な音宇宙が生まれているのだ。様々な特殊奏法の音響は、実に精密にスコアへ書き込まれており、それらの音響は見事にコントロールされ、高いエクリチュールの世界を織り成していく。それらの豊かな混沌とした音宇宙を体験することによって、私たちは新しい「始原の音楽」の可能性を予感することができるだろう。