50代親父の無為な日々 -101ページ目

50代親父の無為な日々

変わり映えの無い50代の日乗とお寺巡り、モノづくりと外出の記録

(続き)

記念館へ向かう途中、あらためて桃介橋の骨組を見る。

林鉄を走らせるためとはいえ、これが木製・・・もう圧倒されてしまった。

こりゃ桃介記念館はおまけだなと、この時点では思っていた。

 

さて記念館へ向かって歩いていくと奇妙な慰霊碑が・・・蛇抜け慰霊碑?蛇抜けって何? 

そういえば、もう一つわからないことがある。上松まで行く途中いくつかの発電所を見かけたが、なぜか関西電力ばかりであった。木曽川上流で関西電力って、どういうこと?

 

桃介記念館へ着いた。

正面へまわって見ると、何か不思議な感じがする建物である。

どうして不思議なのかはっきりしないまま、入り口である山の歴史館へ向かう。

 

ボランティアのおばさまが出迎えてくれて「説明しましょうか」なんておっしゃるものだから、是非とお願いした。

まず山の歴史館では島崎広助氏(島崎藤村の実兄)の話、留置場や取調室などを見せられて、渡り廊下で福沢桃介記念館へ。

 

瀟洒な洋風の建物だが基礎が変わっていて、なんと元からあった岩の上に建っているとのこと。建物の下をよく見ると、本当に岩の上に建物がある。不思議な感じがする理由はこれであった。

  

 

記念館の中は桃介さんや川上貞奴さんの私物や調度品、電源開発の資料などが充実してます。

 

おばさまの話だが、1つ1つの部屋で話が続き、関電の件と桃介の人間関係、木曽川での功績と川上貞奴の話、ついでに蛇抜けの慰霊碑のことなどすべて解決してしまった。

 

橋のおまけと思っていた福沢桃介記念館、実はこちらの方がずっと面白かったのだ。

蛇抜けとは山の土砂災害のことだそうです。

 

不動明王好きな嫁さん的には、コレ。

東海三十六不動に各務原の貞照寺というのがある。これは貞奴さんの発願だが、そこにお祀りされている不動明王の由来が、ここ南木曽にあった。

 

面白かったのは、桃介さんがこの不動尊を「何人にも拝観許すべからず」って厳命する手紙が残ってまして・・・なんでやねんwww(現在は、見えにくいですが拝観できます)

 

そして貞奴さんがどういう女性か聞いた嫁さん、すっかり好きになってしまい、興味ナイナイといっていた文化のみち二葉館へ「絶対行く」と言い出した。

 

アタシの言うことは聞かないんだけどなぁ・・・人から話を聞くという効能ってすごいなあ、と改めて思った次第です。

 

最後に隣の桃介亭でアイスコーヒーをいただく。他にお客さんも無く静かな場所であった。

 

たった一日、濃密な体験であったが馬籠・妻籠・奈良井は訪問したことが無い。まだまだおもしろい場所が残っているので、これからが楽しみである。

(終)