(続き)
記念館へ向かう途中、あらためて桃介橋の骨組を見る。
林鉄を走らせるためとはいえ、これが木製・・・もう圧倒されてしまった。
こりゃ桃介記念館はおまけだなと、この時点では思っていた。
さて記念館へ向かって歩いていくと奇妙な慰霊碑が・・・蛇抜け慰霊碑?蛇抜けって何?
そういえば、もう一つわからないことがある。上松まで行く途中いくつかの発電所を見かけたが、なぜか関西電力ばかりであった。木曽川上流で関西電力って、どういうこと?
桃介記念館へ着いた。
正面へまわって見ると、何か不思議な感じがする建物である。
どうして不思議なのかはっきりしないまま、入り口である山の歴史館へ向かう。
ボランティアのおばさまが出迎えてくれて「説明しましょうか」なんておっしゃるものだから、是非とお願いした。
まず山の歴史館では島崎広助氏(島崎藤村の実兄)の話、留置場や取調室などを見せられて、渡り廊下で福沢桃介記念館へ。
瀟洒な洋風の建物だが基礎が変わっていて、なんと元からあった岩の上に建っているとのこと。建物の下をよく見ると、本当に岩の上に建物がある。不思議な感じがする理由はこれであった。
記念館の中は桃介さんや川上貞奴さんの私物や調度品、電源開発の資料などが充実してます。
おばさまの話だが、1つ1つの部屋で話が続き、関電の件と桃介の人間関係、木曽川での功績と川上貞奴の話、ついでに蛇抜けの慰霊碑のことなどすべて解決してしまった。
橋のおまけと思っていた福沢桃介記念館、実はこちらの方がずっと面白かったのだ。
蛇抜けとは山の土砂災害のことだそうです。
不動明王好きな嫁さん的には、コレ。
東海三十六不動に各務原の貞照寺というのがある。これは貞奴さんの発願だが、そこにお祀りされている不動明王の由来が、ここ南木曽にあった。
面白かったのは、桃介さんがこの不動尊を「何人にも拝観許すべからず」って厳命する手紙が残ってまして・・・なんでやねんwww(現在は、見えにくいですが拝観できます)
そして貞奴さんがどういう女性か聞いた嫁さん、すっかり好きになってしまい、興味ナイナイといっていた文化のみち二葉館へ「絶対行く」と言い出した。
アタシの言うことは聞かないんだけどなぁ・・・人から話を聞くという効能ってすごいなあ、と改めて思った次第です。
最後に隣の桃介亭でアイスコーヒーをいただく。他にお客さんも無く静かな場所であった。
たった一日、濃密な体験であったが馬籠・妻籠・奈良井は訪問したことが無い。まだまだおもしろい場所が残っているので、これからが楽しみである。
(終)









