(続き)丹生大師こと神宮寺にて、思いがけないおもてなしを受けることになった私ら夫婦。
ご住職「うちのお大師様の肖像は他のお寺にあるのとは少し違うんですよ」
私達「????」
ご住職「うちのお大師様は他のお寺より20歳若いんです」
私達「エッ????」
ご住職「お大師様は高野山へ登られる前にここへいらっしゃいました。ここの肖像はその40歳頃のお姿なのです。他のお寺の肖像は高野山に登られた後のものが多く、歳をとられたお姿なのです」
私達「なるほど!(←ヤラレタwww)」
次に丹生という地名のもとになった辰砂の実物・・・知ってはいたが、初めて見た。
ご住職「この朱色の粉は神社の柱に塗られていますね。辰砂は防腐・殺菌力がありまして、また東大寺の大仏建立の際に使われた水銀はここで採れたものなんですよ」
私達「なるほど」
ご住職「丹は水銀のことで、中央構造線(地学用語!)にそってあちこちで採れます。水銀が出るから丹が生まれる場所、と書いて丹生となりました。」
私達「なるほど!!!」
ご住職は博識でおもしろい話が次から次へでてくるのです。とても楽しい時間を過ごすことができたお礼を言い、本堂や大師堂へお参りをすることにしました。
古い本堂ですが維持・手入れがきちんとされてます。綺麗に掃き清められた堂内や境内はとても品があります。
大師堂は高台にあります。
左側の通路だが、山の上で大師堂左の通路とつながっていて、雨に濡れずに行くことが出来る。よく考えてあるなあ。
閻魔堂・・・奪衣婆がおられる!六波羅密寺で出会ってから気になって仕方がないのだ。
門前の道標・・・空海さんに由来する街道らしい道標です。
帰り道、嫁さんに
アタシ「何であんなにもてなしてくれたんだろ?」
嫁さん「今日は特別開帳だか何かだったよ。とーさん知らんかったの?」
アタシ「何ソレ・・・(いつの間にそんな情報を?)」
その後、大石不動院と松阪継松寺をまわって家に帰りましたが、丹生大師のインパクトが強すぎて、あまり覚えていないという・・・いやー実に楽しかったです。
家へ帰って調べてみると、丹生大師も高野山も中央構造線上にあり、ニウツヒメ神社の意味や高野山があの場所にある理由、空海さん一族の出自など、空海さんを巡るいろんなことがわかってきました。
空海さん、本当はどんな方だったのだろう?今まで歴史やら何やらで知ってるのとは違う姿が見えてきたような気がしますね。
なお神宮寺の御住職の話はYoutubeの「神社仏閣オンライン」というチャンネルで聞くことが出来ますよ。
(終)






