サニーワールドの思い出 | 50代親父の無為な日々

50代親父の無為な日々

変わり映えの無い50代の日乗とお寺巡り、モノづくりと外出の記録

今年も長島スパーランドの花火、8月23日(土)に行ってきました。

 

形態模写花火・・・きのこ?

 

 

最後ドドドドバーンで8時28分に終わる。

昔と比べて回数は減りましたが・・・それでも毎年、本当にありがたいことですね。

 

長島ついでにもう一つ昔の話。子供の頃、長島のプールといえば2つあった。

今もある長島スパーランド、もう一つはサニーワールド長島である。(またか、という中年オヤジも多かろう)

 ※拾い物です

 

その昔、名四国道23号線を名古屋から桑名方面へ走ると、木曽川の赤い橋を越えて左に見えてくるのが巨大温室、サニーワールド長島の熱帯植物園である。さらにそのまま四日市方面へ揖斐・長良川を越えると右にバッティングセンターと釣り堀、ギロチン工場鬼頭商店である。さらに走ると左に志ぐれ(しぐれ)城が見えてくる。

こうしたものが次々と現れるので子供心に楽しかった。

 ※拾い物です。佃煮屋がラーメン屋に変わり解体。

 

しかしアタシが高校生だった1985年頃、サニーワールドはスポーツバレー東海と名前が変わり、今は長島スポーツランドというゴルフ場である。巨大温室もいつしか姿を消し、バッティングセンターと釣り堀(鯉釣り)、しぐれ城も次々に姿を消して今はない。

 

釣り堀に連れて行ってくれた近所のおっちゃんが去年亡くなられて余計に寂しいのですが、名前が圧倒的なギロチン工場は、今でも十分な存在感でそこにあります。

※拾い物です

 

さて、どちらの長島にもプールがあったがサニーワールドは真水のプールだったことは覚えておられる方も多いだろう。流水もあり、波もあり、温かい温泉(長島スパーランドと同じ味)もあり、陸にあがった船もあり、目も痛くなくて、ユルくて気楽であった。そしてスパーランドみたいなアトラクションがなかったので、遊ぶのにお金がかからなかった。

 

※これも拾い物だが、左下プールに船が見えます。温室の巨大さがわかりますね。

 

当時は午前中からプールで遊び、昼時過ぎにプールから上がり温室探検に行く。子供のことだから植物は正直どうでもよく、ジャングルみたいな通路を一方通行に歩き回るだけである。そしてワニやらヘビやらがいるスペースへ突入するのだ。

 

小部屋に入れられたヘビを見ながら薄暗い通路を通過すると、両サイドおよび頭上を六角メッシュの網で覆っている細い通路にでる。

 

なんとそのメッシュ網の向こうがヘビの楽園になっており、アタシ等とヘビを隔てているのはメッシュ網だけなのだ。つまり同じ空気を吸っている状態で、手でつつこうと思えばつつけるところにヘビがいるときもある。アタシも一度頭上の網の上にヘビがとぐろをまいていたことがあった。(間違っていたらすみませんが、確かにそうだったはずです)

 

今ならこんなの完全にアウトである。それにヘビをいじめる奴が必ずいるだろうから、現代ではほぼありえない展示であった。

 

そこを抜けると少し広いスペースに出て、そこに巨大なニシキヘビの骨格標本が頭上にかけてあるのだが、これがデカくて何重にも曲がっているのであった。

 ※こんな感じ(拾い物)

 

こうして温室探検は終了し、サニーワールドの一日が終わる。

アタシはプールだけならサニーワールドが大好きで、行った回数も子供の頃はサニーワールドの方が多かった。同じような子供時代の方、きっと多いんじゃないかな。

 

スポーツバレー東海になってからは、アタシも年齢が上がったことでお世話になったことはなかったが、熱帯植物園はしばらく残っていた。いつまで残っていたのだろう。もう一度行っておけばよかったな。

(終)