ABUとZEBCOのカーディナル(再) | 50代親父の無為な日々

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変わり映えの無い50代の日乗とお寺巡り、モノづくりと外出の記録

以前の記事を誤って消してしまいwww復活できず書き直しです(´・ω・`)   

せっかくなので写真も新しくしました。

 

ABUカーディナル44を探していると、先々で出会うのがZEBCOカーディナル4である。

私が小学生だった1980年代初め、ZEBCOはオリムピックが代理店であった。カタログ中のZEBCOページを開くと、アメリカン丸出しのギラギラスピンキャストが並んでいて・・・今なら「これもありだな」と洒落でイケルほど懐も深くなったwwwが、小学生だった当時「これは無理」だった。

 

高校生になると、ZEBCO名義の緑色カーディナルの存在をうすうす知ることになるのだが、どうしてABUが作っているリールをアブガルシアでなくZEBCOが売ってるんだろう、と販売代理店の事情など知らない田舎者の高校生にとって大きな謎であった。

 

こうしたことからZEBCOってなんだか怖いイメージが私の中に出来上がってしまった。今考えればZEBCOには大変申し訳ないが、緑色のカーディナルに関しては当時ABUのコンパチブル品的な扱いで、なんとなく避ける雰囲気があったのも事実である。

 ※初年度1969年製のフットにあるSVANGSTA刻印

 

埼玉にう〇〇ま堂という説明不要のショップがある。私も何度かグラスのアーティストでお世話になっており、電話で何度かお話をさせてもらったことがあるが、ここのご主人は本質を説き話の内容には本当に説得力がある。ちなみに今までの私の人生の中で「然るに」という言葉を会話の中で使われた方も、う〇〇ま堂のご主人だけである。

 

私が大学生だった30年ほど前、緑のカーディナル44を探していた人が、う〇〇ま堂にあるのを見つけたけれどZEBCOのカーディナル4と知って「それならいらない」とご主人に言った、という話を聞いたことがある(断じて私じゃありませんwww)

まあ与太話の類だと信じたいが、もしこれが本当なら、う〇〇ま堂のご主人によくそんなことが言えたよね、というのが正直な感想であった。

 

さてZEBCOのカーディナルであるが、突き詰めていくとSVANGSTA刻印に行きつく。

最初期1969年製カーディナル44に黒SVANGSTAステッカーと茶SVANGSTAステッカーがあるのと同様に、黒ZEBCOステッカーと茶ZEBCOステッカーがある。

こんな感じで、緑色のカーディナルだけでも外観上のバリエーションがかなり多い。

で、あれも欲しい、これも欲しいとやっていると結局こうなる。

 

さらにベージュのバリエーションやエクスプレスもある訳ですなwww終わらんぞ、これ。

(終)