フランス留学で学んだ「家族」 | 目指せ!脱コミュ障

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ナントでの研修も残り1週間となりました。
実は、2週間前に一度書いてから、(仏訳もしたのに!)
考えが変わったため、何度も書き直してきたお題があります。
「家族」です。

こっち来て「家族」について学んだ、新しいことは下記の5つ。
①「家族」には2種類ある.
②「『家族』への依存が子供の証」という考えもある
③日本の「家族」はフランスに比べ狭義
④「家族観」に差が生じた理由は、私にはよくわからない。
⑤PACSがフランスで受け入れられたのは、フランスでは2種類の「家族」の違いが小
さいから。

ちょっと長いです。ごめんなさい。
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①「家族」には2種類ある

私は今、Lという女性と二人で暮らしています。
L
は、現在、母親と一切連絡を取っていません。
母親のことが、世界で一番嫌いだといっていました。
金銭的にも精神的にも、交流はありません。
交わっても傷つくだけだから、交わらない。
親と子も、所詮は他人。
それぞれの幸せがあり、互いの幸せに不の影響を及ぼすのならば縁を切る。
至極明快な論理。

血の繋がった家族と縁を切り、さらに結婚する気もないL。
でも、彼女は寂しくない。
自分で選んだ「家族」がいるから。

ローフには2種類の「家族」がいるのです。
選べない「家族」と選べる「家族」。
前者は、彼女と血の繋がった、
ルーツとなる人々。
後者は、血が繋がっていなくても、
一緒に泣いて笑っていざという時に助けてくれる友達。

"Connection is thicker than blood"
仲の良い「友達」と「家族」の違いって何でしょう?
心が繋がっていて、自分にとって大切な存在だったら、
それはもう「家族」なのではないでしょうか?

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②「『家族』への依存が子供の証」という考え

両親の離婚後、私と母の仲は悪いです。
誤解と感情とが大きな壁となり、理解を妨げる。
家も遠いし、もう金銭的な支援も受けていない。
話してもつらいだけ。だから、関わらない。
以前はそのままで良いと思ってました。
(「無償の愛」の例として「親の愛」を挙げる人がいますが、
この考えには反吐が出ます。そもそも母性は本能じゃないし。)

でも、今、私は母と和解したいと思っています。
たとえ「所詮は赤の他人」といっても、母は「何かの縁」で
18年間を共に過ごした、世界で一人だけの生みの親。
私のルーツ。「家族」。
私は母に、私を理解してほしい。

この話をLとした時、Lは私に
「あなたの母親は、一生あなたのことを理解できない。
だから、あなたも母親から離れなさい。独り立ちするの。」
と言いました。
所詮は他人である親に「自分を理解してほしい」と思うのは、
そこに相手への「依存」があるから。
そうだとしたら、「子供から大人になる」ということは、
子供と親の互いへの「依存」を断ち切り、
各々の道を歩みだすことを指すのかもしれません。

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③日本の「家族」は狭義

でも、やはり、私は母(「家族」)への思いは捨てられません。
Lの言う「選べる家族」は、私にもいます。
サークル、学校、個々で繋がっている大切な友達。
でも、今の私には、
「選べる家族」と「選べない家族」を同列には話せません。
「選べない家族」のほうが、「家族」という言葉の重みが大きいのです。
ここには、私が独り立ちしてない子供だから、という理由以外に、
文化の違いが存在する気もします。

日本では、いくら仲の良い友達の輪でも、
それを「家族」と呼ぶことはありません。
「友達」「仲間」という言葉を代用します。
(ルフィーが命を懸けて守ろうとするナミ達だって、
「家族」ではなく「仲間」です。)
もしかしたら、フランスの「家族」が広義なのに対し、
日本の「家族」は狭義であり、
選べない「家族」と選べる「家族」(「仲間」「友達」)は
対等ではないのかもしれません。

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④「家族観」に差が生じた理由

前に読んだ文章では、日本を「依存の文化」と説明していました。
(親と子が互いに「依存」した子育てをするから、
社会全体が互いに依存した風潮を持つ…みたいな感じ?ちゃんと覚えてない笑)
「依存」するのは、「受身」の状態でいたいからだと思います。
シャイであり道を開拓していくのが苦手(に見える)日本人にとって、
自然に与えられた「選べない家族」(受身の姿勢)への
比重が大きくなるのは、ごく自然なことなのかもしれません。
あとは、「家制度」が日本人の根本に存在してるからなのかな?
うーん、ぐちゃぐちゃになってきた。
間違ってる可能性も大だし。
なんで日本の家族観は現存のものになったんだろう。
うーん、よくわからない。
誰か、良いアイディアあったら教えてください。

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⑤PACSがなぜ受け入れられたか

でも、この「家族」という言葉が持つニュアンスの違い(文化の違い?)を使うと、
日本とフランスの「家庭」(家族構成)が違う理由が
なんとなく理解できる気がします。

日本で「家族」というと、
結婚で結ばれた男女と、そこと血で結ばれた子をイメージしがちです。
選べない「家族」と「家庭」が同義であり、
選べる「家族」と「家庭」は同義になれないのです。
でも、フランスの「家庭」は日本よりも柔軟。
PACSが有名なように、男女が結婚によって結ばれているとは限らないし、
そもそも結ばれているのが二人の異性とも限らない。
子供と親が血縁関係のないことも多々。
フランスの「家庭」は、個人の集まりに近いのです。
フランスで、選べない「家族」と選べる「家族」の境が小さいのも、
これに所以してる気がします。

これが、フランスでPACSが受け入れられた理由、
Lがなぜ「家族には2種類ある」と言ったのかを説明する
1つの理由かもしれません。
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うーん。。。
長くなって、しかも何が言いたいのか良くわからなくなってきたけど。
意見ある人は、ぜひ教えてください!
ちなみに、「親子」や「兄弟」とか、
こういう家族内の関係を表す単語がフランス語にはありません。
日本では、「家族」が特別な意味を抱いているのかもね。
仏訳大変だなぁ、これ。
でも、考えシェアしたいし。頑張ろ。