『スピリチュアルとは!!』 №2
何故、私が「宗教」にこだわりがあるのかというと、おそらく
私がお寺に生まれ、17歳まで育ったからだと思います。
そして、私は「宗教」そのものよりも、“「宗教」と人との関係”
に興味を持ってきました。
“人にとって「宗教」とは?”

私の生まれ育ったお寺というのは、私の先祖が力を持っていた
時代に建てたもので、その土地であった戦で犠牲になった人達の
成仏を祈るとともに、その土地と子孫の安全繁栄を願って建てた
ものでした。
誤解があっては困るので書いておくと、そのお寺は新興宗教では
なく、既存の宗派で檀家のないお寺です。
檀家がないお寺というのは、経営のできないお寺ということです。
力を持っていた時代は存続できますが、宗教団体の位置づけも
時代とともに変わり、存続できなくなりました。

実は、亡くなった母は一人娘で、跡取娘でした。
2歳で祖父を亡くし、そのお葬式ではきちんとお経をあげることが
出来たそうです。
その後病弱な祖母を抱えて、戦争中もお寺を他の仕事をしながら
守った人でした。
私も一人娘なのですが、お寺を継がせようという考えは全くなく
育てられたと思います。
「宗教」について教わったことはないですし、
お寺のことについて知っているのは、母の言動を見て、
いつの間にか身に付けていった程度のことです。
私が、お寺に生まれ育って知ったことと言えば、
①命の大切さ(自他ともに)
決して、自分自身で命を絶ってはならない
②ご先祖様からの流れのようなもの
③生まれ変わり
④徳を積む
⑤カルマ
です。
天国や地獄については、お寺の宗派が出版した子供用の絵本
には描かれていましたが、母からは、そのような言葉を
聞いたことはなかったと思います。
ニュアンス的に『天国=成仏』という意味であったような気は
しますが。
今にして思うと、①~⑤のことは、正しい正しくないという
よりも、“生きる”ということを考える上で、基礎の部分に
なったと思います。その点においては、感謝しています。

しかし、顰蹙(ひんしゅく)を買うことを覚悟で書きますが、
日本の寺院や僧侶が、聖職だとか聖者だと考えたことはないです。
勿論、素晴らしい人格の高僧もいらっしゃるのでしょうが、
私は今までお目にかかったことはありません。
私が住んでいたお寺ばかりではなく、お寺というものはトラブル、
理不尽なことが多い場所だと思っています。
私の父は、僧侶だったのですが、
お寺というものは僧籍のある人間がいないと成立しないため、
母(僧籍なし)と結婚し、先祖の建てたお寺に出向という立場で
住職として生活していました。
ところが、出向元の寺とのトラブルで現世復帰(僧をやめること)
をして、最終的には、両親は離婚しました。
このことだけ聞いていると、我が家だけのトラブルのように
聞こえるかもしれませんが、それは違います。
挙げればきりがないので省略しますが、礼節をわきまえている
とは思えない方が多いですし、盗み、パワハラ、DV、目に見えない
霊さえも利用して争いを起こしたりします。
私の中では、神社仏閣も「地の時代(物質の時代)」を過ごして
来たのだから仕方がないのかもしれないと、
意味不明の理由付けをしています。
とは言え、矛盾するようですが、私は、神社仏閣に参拝させて頂く
のが好きです。
旅行など出かけることがあれば、可能な限りですが、参拝させて
頂いています。
何故かというと、気分が変わるからです。
その場所がパワースポットなのかも知れません。
建築物が高貴な精神で造られているのかもしれません。
素晴らしい神仏をお祀りしてあるのかもしれません。
それとも、参拝お祈りしてきた信者さんの崇高な思いや
エネルギーが残存しているのかも知れません。
特に、早朝のよく掃除された境内を歩くのが大好きです。
『スピリチュアルとは!!』 №3へ続く




