オーストラリアに留学したことは、よかった。
オーストラリアの文化も知れたし、海外旅行もはじめてだったし(記憶のない時には香港とかつれていってもらってるけど)。
オーストラリアでは授業のあと、ホストシスター(私のホストシスターは、サマンサっていう美人さんだった)と、新聞紙にくるまった大量のフライドポテト食べたり、
日本のLサイズくらいあるSサイズのシェイク飲んだり、ほかの留学生とそのホストシスターたちと海に遊びに行ったり、とにかく毎日が楽しすぎた。
(一番左がサムね)
身振り手振りの英語も急成長した気がする。
で、短期の交換留学が終わって帰国の日には、もう今生のお別れ級に号泣した。
でも、前編でお話した通り、交換留学生なので、”交換”されるんだよね。
で、今生のお別れをした半年後には、そのサマンサが日本にきて、狭い我が家で生活したわけ(笑)
その時ももう言葉では説明できないくらい楽しかった。
だったんだけど、ある日、理由は正直忘れたんだけど、なんか喧嘩したんだよね、サム(サマンサ)と。
喧嘩っていうか、「怒ってるの?」「別に怒ってないよ」、くらいのやり取り。
でも、言葉が100%伝わるわけではないから、お互い気まずい雰囲気になって。。。
でも、表面は仲良いわけだから、そりゃ、サムが帰国の日も、今生のお別れパート2で、京成上野駅で号泣号泣号泣。
周りの通行人がドン引きするくらいの勢いで、総勢40人が号泣。
もうありえないほど泣いたさ。
まだSNSなんてなかった時代。
メールはパソコンのアドレスをお互い教え合っていたんだけど、メールしたのに、サムから返信はなかった。
何度も何度もメールしたんだけど、返事はなかった。
それで、諦めてたころ、「パソコンが壊れてて、返事ができなかった、ごめんね」って連絡がきた。
ついでに、「日本で私(KAORUKO)のカメラで撮った写真を現像して、オーストラリアまで送ってほしい」って、言われた。
300枚くらいあるやーん!ってのが本心(笑)。
現像しておくるだけで、1万円以上するし、当時高校生だし、お金ないし、迷ったんだけど、現像して送った。
で、そのあと、音信普通になった。
またパソコン壊れてるのかな、そのうち返事くるかな、と思ったけど、そのあと一度も返事はこなかった。
その時、私は思ったんだよね、あのとき、日本に来ていた時、実はかなりで怒らせてしまったんじゃないかって。
それで機嫌悪くして、だからもう連絡くれないんじゃないかって。
写真受け取ったかもわからなかったけど、なんかもうそんなことがどうでもよくて。
他のホストシスターは、連絡くれているとかっていうのを、学校で聞いてたから、私嫌われたな~~って尚更気になった。
大学卒業するくらいで、他の交換留学生は、ホストファミリーに逢いに行くとかいう旅行を計画していて、私も誘ってもらったんだけど、音信普通だったし、行くってことも伝えられないし、なんか気まずかったしで、断った。
*
で、高校も卒業して、わたしは大学に入った。
そのころ、はやっていたのが、ミクシィ。
私にとっては初のSNS。
それで、サムを探したんだけど、出てこなかった。
そこからさらに4年。
大学を卒業したころFacebookができた。
今度こそサムを探したいと思って、FBを始めた。
でも、見つからなくて、諦めた。
そしたら、先日、なんと、サムから、メッセージがはいってた。
「本当のKAORUKOか分からないけど、元気ですか?メッセージを送ります」
って書いてあった。
泣いた。
即レス。
本当のKAORUKOですって。
そうしたら、
「返信があって嬉しい!ずっと連絡がくるの待ってた、私そのメッセージ、数年前に送ったのよ」って返事がきた。
へ????
って思って、見てみると、確かに、2013年11月に送ったことになってて、その下に2017年2月って書いてあった。
「なんで今そのメッセージがカオルコに届いたかわからないけど、ちゃんと届いて、返事がきてとても嬉しい」
と書いてあって、その下にいまの自分のことや、オーストラリアの家族は元気なこと、いまは7カ月ヨーロッパに住んでいること、そして来年結婚する報告もついていた。
(当時、○○がかっこいいとかって2人でキャーキャー言ったこととかフラッシュバック)
私は引越しをなんどもしてきた家なのだけど、いつも絶対にもっているアルバムがあって、その表紙は、サムの家族ととった、オーストラリアの家族写真。
(この写真だけ縦向いてくれないよ~へそまげてんのか~)
いまは、サムと毎日メールやりとりしていて、懐かしいねえなんてはなしてる、幸せ。
怒ってなかった~~~^^笑
14年間くらいももやもやがやっと取れた!
あのとき、音楽から逃げてオーストラリア行ってなかったら、たぶん英語に恐怖心があったし、海外で仕事したいとか思わなかっただろうし、今こんな仕事してないかもしれないと思ったりもする。
これが、私がFacebookはじめていちばん嬉しかったこと。


