たとえばこれ↓
私はアーバンピストは持っているし、せっかく全国指折りのドームバンク、由緒正しき小倉競輪場でピストに乗れるのだからと、外走行は外用自転車、競技場走行は認定ピストで、という使い分けにこだわってきた。
どんなにスピードを渇望しても、外では安全第一、内では走行哲学第一と、エネルギーの向きをふりわけたかったからだ。
だからではないか、と思ったわけだ。
🚪
というか、まえまえからうすうすわかっちゃいた。
ほかのアマチュアはほとんどみんな後付ブレーキを買って、認定ピストを部分非認定ピストにしてでも、外でも練習するのに、なぜ君だけそれをしたがらないんだい?と自分で詰問することもあった。
長年、少しずつ競技仕様の自転車に近づいてきたから、今更後付ブレーキがあるよと言われても、後付ブレーキ考 なんてものをとりいれては、走行技能に余計な 間 が入る。ブレーキレバーだのみではなく、フットブレーキによる安全走行、かつ高速走行ができなくては、本物ではない────そのように考えていた。いまなお、そう考えるフシはある。
ただ、ここにきて、エロを引き合いにしてまで、サドル位置へ合致させたい…。わたしにとってそれは腰の後退なのだが…、それをやらねばならないと、ある意味また、小さな夢を諦めた。
ブレーキレバーを欲する間である。
ブレーキレバーへと指を伸ばすその握り方。
その握り方こそが、多くのアマチュアが練習で当たり前に身に着けている構えなのである。
それを、長年の努力はわかったから、無下に全否定はしないから…。
せめて演技でだけでも、見えないものを見る見せる演技術でだけでも、後付ブレーキレバーの存在を肯定しないか。それで練習して悲喜こもごものアマチュアの努力をある意味、買ってはくれないか。
そのように考えた。
上から目線ですまないね。
見えないブレーキレバーを見る。そのために構えを*握りを変える。
そのぶん、腰が引ける算段だ。
これじゃないか?
これが高尚すぎて前方にドン詰まるわたし…の腰を、サドルという俗世へと引き戻す真の心の目なのでは無いか?
今日はもう退室時間なので、ローラーにも自転車にも乗らず、グリップ付近でだけ、見えないブレーキレバーを見てにぎる演技をしてみた。
腰がたしかに良い按配に引けるのを体感*確認した。
こんばんは🙂
と言ってもまだ明るいね。
ボクは、ノンブレーキが
フォーマルな、
認定ピストに、
ブレーキをつけてしまうと、
ボクの競輪人生も、
そこで終わるのではないかと、
ある意味、
怯えていた。
低空飛行区から、
自転車で、
自力で逃げ出す努力は、
絶対に
全否定するべきものではないが、
競技のためには、
部分否定し、
ついでに、
ボクが青春時代に
やっていた
演技術を、
ごくごく少量、
部分肯定し、
最終手段。
公道ではすでに確認済みの、
スプリント力を、
いざ、
競輪場で発揮せよ──!!
那
向
分
零
苦
会
人