バイト作業中。

手に直線的に最短距離すじをとらせると首がしまり、肩身が狭くなり呼吸がしづらくなると気づいた。


運動量が増すようでも、婉曲さを心がけると気道が確保できて、結果的には疲れないみたいだ。



🙂



できるだけ簡潔に綴っていやらしくならんように気をつけますが、シモネタはシモネタなので空白をあけます。夫婦とか、結婚とか、性別とか、その辺の話です。聞きたくないひとはここで去ってください。



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ジェンダーフリーが一部で強めに推進されておるようで、それ自体は私はそんなに反対ではないんですよ。


男は男らしくとか、なんかそんなことって、言ったところでほとんどの人たちにとって今や男らしさを発揮できる田畑は無いし、私はそこへの気持もあって馬歩がんばりましたけど、そんなのは自主的な気持ちがないと根性続かないわけですよ。男らしくあれ!馬歩いちにち7時間やれ!って言って誰がやります???ほぼ誰もやらんでしょう。私自身も、言われていたらやっていなかった or 途中で辞めたかもしれません。


そんなわけで、ファッションとか恋愛とか、まぁ私の性的な趣味趣向はいたってプラトニックかつノーマルゃとは思うんですけど、ほかのひとのそれらはほとんど自由や思っとります。犯罪、病気にならなきゃそれぞれの好きにしたらいいんじゃなーい?ってスタンス。



ただ、譲れないところがあるのは、結婚…婚姻ってそもそも、性別を2人一組で混ぜて判別不明にするものだと思うんですよ。そもそもですよ。

だって男の股間、思い切り蹴り上げてごらんさいよ(←敢えて、な、は外しています)。大変男は弱ると思います。その状態の男は女より隙だらけの弱弱クンになっちゃうと思いますよ。

婚姻て、その男の弱弱になるとこを女のものにする行為でしょ?女男逆転っすよ。痛みと快楽の区別もつかず、男女混同するそもそもの婚姻のシンプルなカタチを、なにも法律かえてまで、シンプルでない組み合わせをならぶ文化にしようとしてまで崩さなくていいんじゃないのかなって思っていますよ。





大事なのは、男系、女系、どちらの感性も大事にすることで、それさへ出来ていれば実際に婚姻した際、夜(まぁ便宜上、夜と決めつけていますけど)に性別の混濁は起こせるわけで、なにも昼の性別から強くフリーにする必要なくない?ってのが、結婚にからめての、譲れない考えですね。



ジェンダーフリーを強めすぎるのは…恋に恋するって言い方ありますけど…婚姻に婚姻する行為なんゃないのかなって思うんですよね。





ぶっちゃけ、私は女系成分多めなんで、男らしさをもった女の人、わりと好きですよ。心の中の美少女が、そのコに❤キュンキュン❤するなんてありですよ。

でも婚姻に関して、カタチが心まで制すると昼の感性のみで決めつけてしまうと、あるいは女系男系の感性どちらも大事にしないでいると、その辺が察せなくなってしまうでしょうに。


私はそっちのほうが不自由だと思いますがね。

どうでしょうね。


いや、くれぐれも、ホモになりたいわけちゃいますからね。そこは混濁されたら私とはいえ、正当防衛的な暴力が出ますよたぶん。







こんにちは🙂❤。






















ボクのモノを、抽象具象問わず奪い去り捨て去らせようとする、ひとりは同級生、もうひとりは浮浪者、のタッグ、ってなレ夢をみた。



浮浪者はボクの肉食に大変腹を立てている様子で、蛆虫をこそ食えと、ボクを山のコテージに連れ去ったあと強く弁舌してきた。



ボクはここから自転車で帰るから、ボクの荷物は返してくれよと、ボクのいまの現実の部屋よりもみっしりごちゃごちゃした、同級生の大きなクルマの中からボクのものを取り出した。



同級生は街に向かうボクの思想は一応それはそれとして尊重してくれたのだが、ボクといっしょに街に行くつもりは無さそうだった。


ただ、クルマのなかにあるほかのものは(いまおもえばそれらもすべて盗品なのかもしれないけど)俗なものばかり。ただ盗むだけでなく使っていたみたいなので、決して彼らが高邁な思想をしっかり実践しているわけでもなさそうだった。








低空飛行区から出て、自分が目の当たりにする現実からの要請に応じた必要ぶんではあっても、思想が俗に染まることに関しての自責の念がストーリーになったかのようなレ夢だった。人間関係の精算のような。



自転車、雨と汗と。ボクは人の名前や電話番号とを書き込んだ手帳を3回濡らしカビを生やすなど、だめにして捨てたが、使える手帳を自ら捨てて人間関係を断捨離したことは無い。



3回も失してしまったからもう手帳をつくるやる気をなくしているんだけど、それだけ自転車前提でよく動いてきたということなんだ。




────ああ、今思えば確かに。


あの浮浪者は、ボクが子供の頃に、実子誘拐被害に遭った近所の男性のイメージだ。



私の自転車感覚的にいうと、たった70kmほどしか離れていない、もと地元(ふるさと)だが、年月もあるし、わりと遠くまで来てしまったということなのかもしれない。




世界のはずれから、君に愛を捧ぐ。




おはよう🙂😘











いきなりかな。


子供の頃覚えた段差を越える瞬間抜重。

長年の馬歩、馬歩解除、馬歩割り。

平和拳法のひとつの具現化である 餓狼手襟。

バンク走行、超回復のリズム。

タンパク質赤字から黒字への転換。

爽明ペダルという信頼できる機構理解。


いろんな流れが合わさって、覚えておかしくないだけの状態になったでしょう。



左右非対称を是正する祈りは、脳内での願い(気持ち)だけでなく、

左にウエイトリストバンドをつけて公道を走行したり、そういうのなしでもカントがついたバンクを走行したり、それら具体的な行動によっても可能。


年上に祈ってもらっていたと自覚した子供の頃。

次はボクが祈ろうと思ってこだわってきた長年。

新たに、祈ってくれる若いひとが現れたと、そろそろ感じてもおかしくはなく。

常時抜重する余力が作れ始めているという、現実那向ゃと思うけどね。





おはよう🙂








3日で過去のタンパク質乏しいボクの…18日ぶんくらい摂取してゐるよ。推奨量でいえば11日ぶん。


休肝日を設けなきゃ、とんでもないわ。





こんばんは🙃。