私は、思う。
1、どうでもいいと思われたひとは自画自賛をするといい。
2、ほめそやされたひとは滅相もないと謙遜するといい。
ほめそやされて自画自賛するのはよくないがわるくもない。
どうでもいいと思われて滅相もないと謙遜することって、あるの?ない気がする。
いちばん良く無い、悪いのは、
自画自賛をしているひとをみて頭ごなしに謙遜を命じることと、謙遜しているひとをみて人間性が素晴らしいとまでほめそやすことではなかろうか。
上記の1で自画自賛しているひとには褒めてやり、2で謙遜しているひとには貶してやればいい。
そこで態度が翻るような仕事なら、本物ではない。
ところで、自画自賛というのは表現であり、内心で自分を素晴らしいと思うことではない。
表現するからにはそれを受け止める他人がいるわけで、そのひとが表現者にならって褒め称えられるほど経緯を知らねば。べつにそのひとがどうでもいいと思われたわけでもないのに自画自賛をしていたとしたら、それを褒めたとしたら。それは相対的に、ほかのひとにどうでもいいという意味に同じになる。
そんなとき、ひとは内心、自分は素晴らしいのだ、と、表現にも達しない自画自賛をしていればよいだろう。
そして最も大事なことには。
3、たとえあなたが内心であなた自身の自分を貶したとしても、相対的にだれかをほめそやすことにはならない。だからあなたはあなた自身を内心で貶すべきではない。
3だけ憶えていてもいいくらいかもしれない。
4、あなたがあなた自身の自分を貶す表現をしたところで、さすがにそれは、どうでもいい。
こんにちは🙂
🌇🌉⛴⚓