ことばをつつしみたまえ

きみは日本国王の前にいるのだ



───とは、アイキャッチな煽り文句ではありますが。



わたしゃまず有権者皆ひとりひとりが日本国王と思い、そこから民と同じ目線になれる名君か、ただ私利私欲のために暴利を貪る暴君か、そのような目線でひとをみる感覚を何割か持っています。


で、ひとりひとりが国の王なので、古い時代のイメージでいえば王ったらだいたい戦争責任者なので、ひとりひとりが休戦中の異国の王や住人くらいに思っています。


異国の王ったら、敬えもするし疎ましくもある、そういう感覚だと思います。特段親しくない限り。

婚姻などで血縁つくれば少しは協調できるけど、しかし戦国時代でいえばときに血も涙もない親戚売りとか裏切りとか、横行していたことを思えば誰一人信用ならないのは基本であります。




お忘れなきようまた書きますれば、この文字数大爆発した我がブログは主に、実子誘拐された我が子らに、本来なら黙っていても伝わったであろうわたしの気配や思想や性格や感情などを、少しでも伝わるよう、実在がもつ説得力に少しでも似るよう時間等費やして綴っているものであり、生まれ育った地ではないこの都市部で、違法行為により疎外&阻害されなければやる必要のなかったある程度過剰で大げさな私小説…電子エッセイです。







私はたぶん、こと人生における運命に関しては自他どちらに対してもシビアでシリアスです。

最初の約束をした相手をピラミッドの頂上ととらえ、次点、次々点の約束した相手を下ととらえる。約束は相手だけがするものではないから、つまり守っている約束がどこの上下関係に位置するか、自覚しながら生きて、私のそのときどきの言動の謙虚さと傲慢さを決定する根拠にしているのです。


つまりかんたんにいって他人にもそういうピラミッドがあるという前提でひとをみようとするし、ひとりイチ国王イチピラミッドをみて考えるので、社会におけるピラミッド構造については随分あとまわしにしてとらえるようになるのです。



悪法でもない法律を違反することは、約束の順序に関係なく、そのピラミッドの下層に落ちる行為です。この場合の、悪法である法律というのは、奇妙でスジの通っていない、もっといえば嘘を数多く駆使された法廷で出された判決や、最高裁判決を待たずとも憲法違反のままつくられた法律などです。なぜ最高裁判決を待たずともの判別がつくかといえば、イチ国王だからです。

最初に約束した者であれば、悪法でない法律を違反してもピラミッドの頂上位置を保持できるとは考えないわけです。ゆえに私と先に約束したどんなひとも、あるいは私がみるどんなひとも、きちんとなにがどんな違反になるのか考えて言動を選択してくれなくては、私がそのひとを見下げることになります。


上記を、私は記憶力の正常なときに行います。

記憶力の正常機能が前提なので、それがなんらかの過剰なストレス、騒音、危険、ケガなどでふっとんでしまえば、上記をキレイには行えません。そしてその場合、私は忘却を恥じたり申し訳ありませんなどと言ったりすることはありません。


こうやって、できるだけ、誠実であろうとしますので、つまりできなかったぶんは不実であったということはもう、詫びるでもまたそれを欲するでもなくただただ認めるのみです。そこを悪用すれば私を奴隷にすることは簡単です。ただし本来奴隷というのはその使用者よりもよく食べよく働くので屈強であります。奴隷ということばを多用するひとたちはどこか奴隷が屈強であることを忘れて見えるので、そのへんの意識改革はしてほしいところですね。



そして私は奴隷ではありません。

悪用されたいわけではないのです。

悪用されたくはないので、どんなに左だ右だのひとたちが喧々諤々やっていようと、それが集合体として私の敵であればどちらも敵国とみなしますし、ひとそれぞれその都度状況は変わりうるものでしょうから、それも一貫する感覚にはしません。


東京には人が多すぎて、地方との価値観の剥離、乖離が起きているのはもう、絶対に否めない部分のはずです。

一次産業も法律や規則で縛られているので、誰もが参入できるわけではなく。そういう意味では既得権益化している一次産業従事者であれば不平等だと、見下してもいいかもしれません。一次産業従事者ならば無条件かつ永続的に敬え、とは言いません。しかし、無条件かつ永続的にバカにするなよとは言います。無条件かつ永続的にバカにする思想をみうけたら、バランスをとるために、無条件かつ永続的に敬えと言います。これは本意のための強弱づけであり、これをば一貫していないというのであればそれは悪意の切り抜きというものでしょう。




ゆーきさんという方が、半径15kmを超える転勤を承諾するものには基本給3万円上乗せする、という職場の話をしてらっしゃいました。

それに対してはてなさんは、いまは20万円上乗せくらいでないと、なんてことを言っていました。

私は職場を移りつづけて、生まれ故郷からでいえばすでに15×5くらいの距離まで転がってきています。そうなるとなんでしょうか。私は基本給に15万円〜100万円の上乗せをしてもらわねばなりませんけどね。


その上乗せを支払える給料を支払えるための計算で、商品価格など決めたなら、どれだけお店や社会は混乱することでしょうか。つまり私は東京のひとたちの当たり前の感覚でいえばもっと貰っていいはずのオカネを、赤の他人を混乱させない、安定させるために貰わずに我慢している構図になります。これ、格差をつくってしまっている本末転倒の共産主義と、なにが違うんでしょうか。東京のひとたちがやっていること、地方のひとたちには認めていないこと、それらはすでに実質共産主義なんです。


昔、江本純子が福岡にきて、なんか福岡は北朝鮮みたいだ、と言いました。ええええ、国王殿下からはそう見えたのでしょう。しかしそれは国王殿下が日本人民共和国の共産党執行部員でらっしゃるから、福岡がそうみえただけで、ほんとうは東京をふくめて北朝鮮みたいなんもんなのですよ。実際、北朝鮮からの亡命者とやら(嘘じゃないの?ただの在日系じゃないの?と思っていますが)が、オカネを稼ぎやすい各所に居る国じゃないですか。


東京都民のみなさんには、格差是正をする気持ちがないなら実質共産主義をやらかしつづけているのだという自覚を持っていただきたいです。



そこは切り捨てるように知らんぷりしますか?

だとしたら東京で起きる新しい社会問題は、自業自得というものです。同情の余地がありません。




昔ながらの参勤交代のごとき中央集権、地方からの仕送りを頼りに過密さや格差を誇っても、それは強さではありません。それはヒトとして国としてとても弱い。ペリー来航同様、外国にしてやられて当たり前の弱さです。


強くなってください、都民。

貧しくなれとは言っていません。

強くなれと言っています。

悪用されるリスクを地方にさらすくらいの大きな器で生きてほしいですぞ。







おはよう
ございます🙂