んばんは。




あまり他人に教えたくないくらいに、決着がついた氣のします。前にも決着させた気もするけど…。記憶違いと思います。




ハンドルは基本的に押すものなのか引くものなのか。


今回の記事は、かなりくどい文体にしておきます。


そもそも単純な一対一の、押すのか引くのかという問題では無かったことが大判明したけれど、自分としてもま〜だどことなく分別つきづらいからです。フォントサイズは小さめです。








筋肉は縮むことしかできないから押すことはできないよってのは嘘でね。


縮むことしかできなくても、縮んで少し狭いところに入り込んだら、つぎはさっき使ったのと対極の筋肉を縮ませれば狭いところから脱出しようという動きになり、それが骨との兼ね合いで押すことにつながるんだよね。


で、ヒトは鼓動しているから、いつも少し狭いところに入ったりそこから出たりし続けているんだよ、何気なく、しかし恆(つね)に。



だからヒトは押すことも引くことも可能です。





科学はときに切り分けた片方を完全に真理だとして他者に口きこうとするのが気に食わない…。





それはさておき。





ハンドルは引くものなのか、押すものなのか。


自転車の機構によって変わります。


フリーハブ車は、ハンドルを引いて速度を出します。


しかしフィクスド車は、ハンドルを押して速度を出します。




こう、結論づけました。




なぜその結論が出せたかというと。





スピンバイクで思考 & 試行錯誤してわかったことです。





スピンバイクはフィクスド度13%くらいの乗り物です。しかし、それは負荷をつくりだすフライホイールが前方にあって、ペダルクランクを正転させた場合の話。比較的最近、クロストレーナーの逆転に泣いたときのことを思い出せます。前にフライホイールがあるなら逆転は慣性力に逆らう行為になりやすく、パーセンテージが上がります。およそ30%くらいにはなるんゃないでしょうか。


正転正転正転…、急に逆転。逆転逆転逆転…、急に正転。そんなふうにしてペダルや機構を介してフライホイールからの反力を受け止めて…




(中略)




…ほか、親指を左右に頑張らせたり小指の意味を考えたり、でも以前やってみたことのある思考ばかりに思えて、以前やったことのないことをやりたい、というか、スピンバイクはフィクスド(ピスト)バイクでもフリーハブバイクでもないぞ、と思った辺りから、思考が冷静に、客観的になりました。





たしかにフリーハブ車では、必死にハンドルにしがみついていかねば、踏んだあとギア比に応じて進む自転車に自ら追いつこうと頑張らなくてはならないから、ハンドルを基本的に引くことが正解になりがち。


でも。


ピストはひと踏みするごとに、そのペダルごと、チェーン半コマごと、ギア比に応じた前進を後輪からのフィードバックでもらって、自転車に置いていかれるということはない。フィードバックにより特に上半身がドンッ!と力強くおされるので、すぐ身体が前に出てしまい、そうなると前にどん詰まりになって踏みしろがなくなってしまう───ここですね。ここをわたしは、私がカカリ馬だからと認識していました。それがちょっと違ったんでしょうね。


ギア比に応じて、サドルから身体は前におされてしまうのです。


つまり、ペダルに対して一定の距離や踏みしろを保ち、つねにアソビの少ない高速回転を行うには、ピストバイクのハンドルは押さねばならないということです。ハンドルを押すことで、サドルから前に飛び出すようにけしかけられる特に上半身を安定したポジションに落ち着けることができるのです。



この、ギア比に応じて、というのが大事だったんですね。


車輪の大きさまで含めての、ギア倍数が軽ければ、あんまり押さなくていい。1倍なんかは押さなくていいんですよね。自分の歩幅レベルにしか進まない自転車なら、ハンドルを押さなくていいんです。


でも、それ以上の倍数になってくると、かるくひと踏みするだけで身体が何倍のチカラでおされるので、それに抗わないとすぐどん詰まり、踏みしろがなくなるんです。



フリーハブではアソビを大いに許す機構だから、逆にフィードバックがないから、ハンドルを引いて、からだを追いつかせる必要があります。


でもピストはアソビがかなり少ないので、フィードバックの大きさに応じて突っ張らないと、足元のペダリング運動に脚がフィットしないんですよね。





そういう動きは、決してフリーハブ車でも、スピンバイクでもよくよく練習できるものではないですね。ピストに乗って、練習…鍛錬しなくてはならんものでしょう。




しかし小指を使うってのはどうなったんだ、と自分でツッコミ入れました。



や、や。



小指を使おうと決めて力強く引くことのできる人差し指や中指やらをことわったからこそ、力強くない小指にハンドルを引かせたからこそ、むしろ押すほうが大事なんゃんか!という向きになったのだと思いますよ、と自分に説明しました。




そして、左に行くか右に行くかのハンドリングがありますから、じつは高低方向にはハンドルは引くべきなんですね。前後方向にはハンドルは押さねばならなかったんです。この分別がつかなかったから、いつまでもいつまでも、押すのか、引くのか、という疑念が晴れなかった─────。




ピストハンドルは推進のためには押す、進路変更のためには引く。




だからコーナリングの大きな動きや、左右非対称是正の細かな動きのためには、押すのも引くのも混在することはあったんですね。それでややこしかった。















那向義有倍数弐皇子手