おはようございます🌄。



物理的に矛盾のないレム睡眠時の夢をみたとき、そのレ夢は正夢になる───私のみる正夢の条件です。



一見すると正夢におもえるレ夢をみました。


それなり大きな商業かオフィスビルの街で、歩道橋を道路左側から前方にみる都会の景色で、その高めの歩道橋より少し低い位置までの高さの北斎みたいな白高波がこちらに向かってくるレ夢です。


パッと見、物理的に矛盾はないんです。私は生身で空を飛んでいるわけでもない、空間が歪んでいるわけでもない、何か重たいものが空中に浮かんでいるわけでもない。風景画としてはリアリズムを全うしています。


けれど、明るい昼間に、ヒトもクルマも見当たらないんですよね。


それだけならまだ、理屈はつけられます。大きな地震があったあとなので、皆避難しているんです、と。しかしでは、その視点の主である私はなんなんです?なぜ避難していないんです?


視線は自転車の走行ラインからのものでした。車道左側。自転車に乗っていて私がその高波が来るほどの地震を体験しておいて、まさか自殺でもしたがって避難せずにいる?


ありえませんね。私はどんなにツラいことがあっても自殺はしないと決めているんです。有名予言者との果たしあいに負けたからそこで死ぬことにしたなんてことはありえません。果たし状だ、と綴っても当然現代において決闘は法律違反であることを知っていますから、それはルール的にはスポーツとかゲーム的な試合であること、つまり比喩を意味しています。だから私がそこにて津波を待ち構える龍…理由はありません。もしあるとしたらそこで超能力のバリアを張って津波をそこから後ろに通さないようにするためであり、それは物理的に矛盾があります。


このようにして、正夢の定義から外れますので、その白高波は起きない、2025.7.5.の大津波は起きないと、私からは云えるでしょう。



もしもですね。


もしもビルの高層からドローンか何かを飛ばして、そんな画を撮ろうとした輩がいて、その撮れた画をネットにアゲるかテレビにながすなどされて私が目にするということであれば、物理的な矛盾はなくせるかもしれません。


ふむ。


そんなに重箱の隅をつつくよな反論をもってきて不吉を言い続けたいならばこちらももっと細かく言いましょう。


その歩道橋には標語も名前も書いてませんでした。そしてその手前に信号機もない。交差点でなくても歩道橋がある場所はあるかもしれません。しかし名前がないのはおかしいし、もうひとつ決定的なことがあります。


車道にセンターラインがないのです。


さすがに都会で小高い歩道橋がある場所で、信号機もセンターラインもないアスファルトの道は無いでしょう。はい論破〜っ。








と、まぁ、もがたんペも仕事で遊んだ(?)『8番出口』みたいな予言者の闘いでありました。



私は南海トラフに関しても、実子誘拐まえにはあと147年は起きないと言っていましたし、実子誘拐あとでもあと70年は起きないと言っています。



私は地震対策をせねばならん事前のタイミングにはソレを 勘知 し気取って、誰に馬鹿にされてもせっせと地震対策を始めるし、縁故ある人間に警告をよこすような人間ですが、その私がこの北九州では一向に地震対策をする気配がないのです。



とりあえず私の傍の人間は、地震に関しては対策とれるゃろと私は思っていますよ。私がとるから。





でも勿論、私も一体のヒトなんで、手広く完璧に誰もに呼びかけるなんてことはできません。


ここが地震大国であること、諺でも地震雷火事親父という恐れるべき順番があるということは日本人なら忘れずに、便利に頼りすぎず、俗な意味での他力本願をしすぎずに、備い(備え)あれば憂いなしで頑張っていただきたいと思っています。





で、最上もが≒〇〇〇〇〇〇、愛してるよ。











那向醒案如来