フルタイムで働きながら競輪選手になれると思ってんのか、ナメんなくそが。

 そういうプレッシャーが太宰府にいたときから伝わっていたから一人でなろうとするのは無理だ、父親に打ち明けよう、と中2で打ち明けそして協力は一切しない旨言われたわけだが、結局それを逆に後ろ盾にして、そういうプレッシャーをかいくぐりかいくぐり、切り裂き切り分けぶっこわし、またおおわれ払いのけ切り抜け切り抜けここまで来たわけだが、まだそのプレッシャーはたぶん年下からでもかけられている。

 タイム充分の彼も言っていた。
 働いているって言っても練習サボっとるとしか見られんけんね。
 ほんとそう。マジでどこでもそう。
 どんな職場でもそう。
 ただ、そうとしか見ないようでは人間の器は広がらない。
 人間の器が広がらないと新しい家族なんて誕生しない。

 オレにとって競輪選手になろう、その頂点を目指そうって行為は、卵子に精子が割って入れるか、ってそういうイメージ。

 正直こんだけ長く遠回りしていたら、練習しなきゃ認めないってのも、タイム出なきゃ認めないってのも、両方、なんか嘘だ。どっちかが嘘ってんじゃなく、どっちも嘘だ。
 なんかうまくいえないけど、どっちも嘘だ。

 ああそうだ。


 競輪場は1箇所にだけあるわけじゃない。


 試験だって1次試験だけあるわけじゃない。


 会場は全国にある。


 もっと、たくさんたくさん、想像の何倍以上も多く自分の居場所を求めていかねば嘘なんだ。
 

 フィロソフィーみたいに一点へと閉じた集中力ではなく、開かれた脳みそで、夢見て、食べて、働いて。そうだ、一般的な労働者よりもはるかにあちこち出て回る。それが競輪選手じゃないか。
 一点で充分なんてわけなくて、百点ほしいわけじゃないか。

 ちょっと、悟りを開いた気分。