年相応の歌詞を歌うべきか | 吟遊詩人るそんべえの168新聞

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るそんべえです。

近頃感じることです。

一昨年までは、自分で企画して自分だけが出演するライブを中心に行っていました。

そして、行なう曲と言えば、ほぼほぼオリジナルのみでした。

それも、このオリジナルは、学生時代に作った曲がほとんどです。

つまり、40年以上前に作った曲ばかりです。

曲はまだ、それほど年月を感じることは微妙ですが、詞はかなりその時代に反映されるというのをこの1年で強く感じるようになりました。

私自身るそんべえの看板はCDアルバムのタイトル通り”帰ってきた昭和ロッカー”です。

つまり、私の詞は”昭和”のイメージが強いです。

令和になって作ったオリジナルの詞も、やっぱり”昭和”っぽい詞になっています。

このところK-COさん主催の”アコスティックブッキングライブ”に参加させて頂き、他の方々のオリジナル曲を聴く機会が増えました。

そこで感じることは、今の自分の気持ち、感情を歌っているなと思うことです。

私の詞は、当時の自分は存在していた場合もありますが、今の自分とは立場が違うと感じます。

また、私は、他の人に成りきって作った詞もたくさんあります。

女性だったり、なまけものだったり、時には、殺人者や宇宙人にもなっています。

まあ、他の人に合わせていくつもりはありませんが、そんなことを強く感じる今日この頃です。

p.s. しかし、”今の自分”を歌うことで、強く印象が残るというのは感じますねえ。

  そのアコスティックブッキングライブで歌った”コウモリ”を添付することにします。

 

 

 

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