この前は親戚筋にあたるおじさんのお通夜と葬儀に行きました。

初めてのカトリックの葬儀

何もかも初めてで、聖歌も何も解らなかったしょぼん

このおじさんの事はあまり良くは解らなかったけど、母の従妹の子供みたいで

処では堅物や偏屈で名が通っていました。


気質が武士のような堅物みたいで、剣道教室を開いて、自分の子供にはうんもすんも言わさないで習わされたと聞きました。

その息子がね若い時は父が苦手だつたと言っていました。

自分が決めたら周りがなんと言おうと実行すると聞いていました。

技術科教師、牧場・高齢者支援や介護や介タクシーに尽力した見たいでした。


また自宅の段々畑で、牧場とかしていて、何回かテレビに出ていた事がありました。

吉本の芸人とかが来たり、ちまたのアナウンサーとかも来たりしていて、

ほんと良くやるなぁと思っていましたニコニコ

その段々畑の牧場の近くに、自分ちの自宅の畑がある関係で、時々挨拶する程度でした。

それと〇〇議員に立候補に出たみたいだったけどね。

世間の話によると、その集会で何か意見の違いとかでもめたと聞きました。

自分が立候補に立った場合は、周りにおべんちゃら言うのが普通なんでしょうがね。

それがこの方はそれが出来なかったのでしょうね。

あるてん正直な方であったのでしようねグッド!

それが、このおじさんはがんとして聞かない。

これでは、立候補したところ支援してもらえないのにね。

それでこの旦那さんの奥さんが自分と会った時に、なんか申し訳ないような事を言っていましたニコニコ

まぁ~自分はこう言った議員の応援とかは、しない事にしていましたから良いのだけどね。

ノウタッチしているんです。

親戚筋が議員なった時には、自分の知り合いとかにことごとく批判とかありましたので、もう係わりたくないし聞きたくなくなったのです。

それと親戚筋やまた自分の知っている方や後輩とか、立候補していましたが、

それでも自分はどの選挙の応援には行かなかった。

あちらを立てればこちらが立たずなってしまいます。

ほんと自分の性格が表れているようですねグッド!


まぁー人生80年の寿命と言われている年齢だったから、仕方がないと言えばそうだけどね。

でも、もう少しやりたい事があるから、まだ死ねないと言っているとその奥さんから聞いた事がありました。

でも魂的にはこのおじさんの仕事が終わったのでしょうねパー


自分はいつも自分が何をなしえるのか?

心に問うていますグッド!

たった人生80年程度と言われていますが、

そのたった80年で何をなしえるのか?

良い人生であったと思えるような人生にしてみたいですね。

人生後半過ぎても、なかなか思うような事にはなっていないけどショック!


自分はいつも思うんだけどね。

こういったおじさんみたいな方は、意思が強くてね、

それと亭主関白の家系だと言われているようだけどね。

悪く言えば頑固と言うか?

融通の利かない

偏屈とか噂がありました。

でもそれ以外では名誉や出世したと言えばそうだと思います!!

やりたい事をやった人生であったと思います。

ほんとその嫁さんがいたから、やりたい放題だったと思います。

こんな武士のよう方と縁があるからこそ、伴侶になったと思います。

ほんと羨ましいかぎりですねニコニコ



ほんと素晴らしい意思の方であったであろうと思いますが、

ただ自分などは感じる事は、他人の眼から見ても、少しバランスが悪く感じました。

自分などは、話をしても堅い感じがして、多分あちらもこの男は軟弱だと思ったでしょうねグッド!


おじさん夫婦はカトリック信者さんと聞きましたけどね。

その自分はイエス様との縁があるとは夢にも思わなかったでしようね!?


カトリックの信者さんはボランティヤ精神とか聞きますが、

おじさんは地域に尽力を尽くしたと聞きます

無条件の愛と言うか?

損得勘定なしのボランティヤ精神とか発揮していればもっと良かったと思います!!


自分から見て多分その柔軟性や優しさ思いやりとか?

少し欠けていたように感じがしました。


こんな事を言っている自分なども他人の事は良く見えるのだけどね。

自分の事はあまり見えないものです。

だから自分も何処がバランスが良くないのか?

しっかり見つめていかないといけません。パー


ほんとおじさんは全体的にバランスが良かったなら、もっと素晴らしい霊性を発揮したのではないかと思います。

旅だった世界に行ったなら、きっと自分の気質や頑固さなど、改善すれば良かったと思うかもしれませんね。

こんな方は多分、謙虚さや柔軟さや優しさ思いやりなどそんなのは持っていても何もならぬ。

武士のような求道精神であったであろうけど、上にいけば上に行くほど謙虚で癖のないように

まわるい心を持ち合わせているのだと思います。

まだそこまでいくまでに、デコボコした心をまわるくして行かないと、今度また生まれて来る時は

きっとそんな事を目標にして生まれてくるのでしょうねはてなマーク

そんな何もならないものが、宝になる事など殆ど方は理解はしていないし、また気づかずただ流されているようなものなんですねパー


それと喪主の挨拶に、父は元々仏教だったのだけど、仏教が不信であったためにキリスト教に回心したそうです。

このおじさんは何がどう仏教に納得できなかったのか解らないけどね。

自分はどの宗教を信仰していても良いと思います。

ただ、宗教と言うよりも、ボランティヤ精神とか重点においています!!


それと感じる事は、どうも仏教は葬式仏教にになっている感じもしますけどね!?

ただ、牧師が言うのには、おじさんが亡くなる前日にも、牧師さんが自宅に駆けつけて、床についているおじさんにお見舞いを兼ねて、

祈りを捧げたみたいでした。

死の床についているおじさんにとっては、とても心強いものであったと思いますパー

これなどは、仏教のお坊さんなどではあまり聞いた事はありませんはてなマーク

だから祖先代々の家系の宗教と言われているものなんだけど、実際は良く考えたら?

自分としては死にざまには、出向いて、死生観のお話しをしてあげるほうが良いと思っていますグッド!

生きている時に、正法・正道と伝えたり、また集まって説教したり、また死にざまには死生観を聞かせてあげる事が余程良い気がしていますパー


自分の家系の宗教が一番と誰もがもしかしたら思っている事と思いますが、

自分はそういった観念もなく、神道・仏教・カトリックとかであろうが、

あまり拘りはないのです。

自分の信じる宗教で良いと思います。

だから相手にもどんな信仰を持って、どの宗教に属しても何も求めないのですニコニコ


自分ちも仏教家系だけど、死の準備段階で、このように牧師さんがお見舞いに来て祈ったり

聖書を聞かせてあげる事はとても良いと思います!!

実際自分もそうであってほしいと願っています。


それと死の床についている時に、もう意識がないからと、周りではお通夜や葬儀の事について話をする方もいますショック!

本人はまだ意識があって、動かせない身体を一生懸命動かそうとしていますが、

それでも身体は動かないから、せめて目をぱちぱちと動かして合図をしていた方もいました。

こんな時には、周りでは生前の評価や悪口などはしない方が良いのですが、

その方の生前に行ったことなどを話をしたらと思います。

尽力を尽くしたとか?

その方の行いの評価とか話す事が、その方の為に余程良いのにね。

それなのに、酷い方になると、その死の床についている方の目の前で悪口を言っている方もいました。


死の旅立ちに、ポジティヴな事を言ってあげる!!

心強いものがありますからね。

ほんと相手が良い創造できるようにしてあげたいものですねパー

それと自分は見解は、死で旅立ったのなら、みんなで笑顔で万歳三唱の見送りしてあげて、

この世での仕事が終わったのだから。良く頑張ったと労をねぎらう

そんな時代にいつかなったら良いなと希望はしてはいます。


また残されたものの悲しみや寂しさに打ちひかれていると思います。

神との対話の中に、こういって語っていますね。

悲しみを自分やほかの人たちを助けるために役立たせる。

大きな悲しみを体験した人は、残りの人生をずっと怒りをもって陰鬱に過ごす事もできるが、

愛と幸せに生きるという選択をすることもできるとおっしゃっていますね。


カトリックの事はあまり解らないけど、ただボランティヤ精神とか人の繋がりを強く感じる事もありました。

そういった教えてを強く感じてはいました。

ただ、カトリックうんぬんというよりも、自分は魂的にイエス様との繋がりはとても強く持っています。

ただ、おじさんが安らかにとイエス様に祈りました。

そんなことしか出来なかったけど、このおじさんの人生の幕が閉じられ、

きっとイエス様が迎えに来てくれたのでしようね。