進化の過程では、自分が失われて無意識の中の別の赤の他人が出現するような事を言っていた宗教家の方がいました。

実はそんな事はなかったのですが、そんな宗教家の方が言っておられたから

少しずつ殻が(想念体の亀裂)破れてくると自分の存在が失われてきて、

別の何者かになるようで少し怖かったショック!

自分を明け渡すのは、自分の存在自体が失われるようなもの

後に解った事なんだけどね、本質的なものは何も変わらなかったパー

そんな事があって、自分が体験して何でも鵜呑みにする事は非常に危険だと思いました。

たとえ何万人の信者さんがいる創立者や、また本山の老師であろうとも何でも鵜呑みにする事は危険だと思いました。

自分が体験して初めて、理解ができ知ると言う事に繋がってきますグッド!


ある宗教団体の信者さんなどは真理のペーパを暗示して、試験を合格したらそれで同等の霊格が付くと言っていました。

教団がそのような教えかどうかも解らないけど、これなどは絵に描いた餅

いくら食べたくても、絵に書いた餅は食べれない。

本物の餅を食べて体験して、初めてどんな味か解るのです!!

だからいくらペーパをまる暗記したところで、何も体験もしないで知ると言う事はないのです。


ほんと初めの頃は未知なる領域で、自分の前には道がないけど、

自分の後ろに道ができるという状態、自分で開拓して体験して知ると言う

何事も体験しないと本当意味で知ると言う事はできないけど、

なんだか自分自身の存在が失われていくようで、怖い思いをした事がありました。

今なら死んでも死なない命を生きろと言う意味も理解していますが、その当時ではほんと自分の存在が失われないか不安でした。


座蒲の上で死にきれと良く言ってたもんだと思います。

自分の存在が失われていくそれは死に通じるようなもの

死に対して、不安を持っている方はこのように自分の存在が失われていくのに対しての恐怖があるのでしよう。

生きているうちに死んでも死なない命を生きると言うこの大切さを理解する方もまた少ない。