サードアイ、第三の眼が芽生える時には、眉間のあたりを指で圧されているような感覚とか、

今までになかった皮膚感覚があったり、またくすぐったかったり、

眉間の少し上あたりにメンソールを塗られたようなスウスウしたりする感覚があると言う方がいます。

それと眉間の少し上あたりに赤く盛り上がっている皮膚があったり、

眼の中の内にも眼と言うか渦が巻いているものが見えたりします。

しるしと言っては変だけど、そのようなしるしが現れる事があるのです!?

昔、食事をしている時に母に言われた事がありましたが、

たとえそんな事があったとしても、いちいち手柄のように言う事ではありません。

蚊でも刺されたのではと言った事がありました。

それとあまりにもサードアイに気が集まったりすると、頭寒足熱(ずかんそくねつ)が逆さまになって

バランスが悪くなり、身心をきたす事になり兼ねません!!

そういった時には気を下げたりしないとノイローゼになったりします。

ほんとバランスを保つようにする事が大切なのですパー

ほんと進化して行く時には、乗り越えて行きにくい壁や障害物が立ちはだかっているのです。

それを乗り越えって行ったものだけが、聖者と言われる所以でもあるのです。

だからここを勘違いしてはいけません。

師と言う者は適切なアドバイスをし、弟子の行く末まで見守っていますから

ほんと有難いのです。

火鉢のように近ければ温かくて、近すぎるとやけどをおうような関係だと思いますグッド!

師なくして、到底達成される事は難しいと思います。

ここで言っている師は、ごく普通の職場においても、

宗教の弟子と師の関係やまたセミナーを通しての師も同じ事です。

何にしても、その道には手本とするよき先生がいるのです。


それとハイ、覚醒しました。

悟りました?

インスタントではないんですからね。

それでおしまいではないのです。

この先にいくつもの壁が立ちはだかっているのです!!


またサードアイ、第三の眼が芽生えた方は選ばれた人しか開ける事が出来ないとか?

戦場ではサードアイが開花した方は弾が当たらずに生き残るとかいう方がいますが、

まったくファンタジーの世界ですねショック!

こういった事を言う方は人間は人間らしくと言う事が問われると思います。

こんな可笑しげな事を言っていると普通の方から見れば正気の沙汰ではないと思われるだけです。

そのような方が神理をねじ曲げているのです。

またこんな事を信じてしまう方はチンどん屋のようキンキンした御袈裟(おけさ)の方が有難く

質素な御袈裟(おけさ)を着ているお坊さんなら偉くない坊さんだと思っているかもしれませんが、

その区別が解らないから、何でも鵜呑みにしたり信じてしまうのです。

自分は目覚めていると思っても、実は眠りから覚めていないのです。

本当に悟った方はごく普通にどこでもいるように見えるのです。

バチカンの〇〇のようにきらびらやかな服装していても、乞食坊主のような方が悟った方がいるのです。


それと開花と活性化の違いを混合している方がいますが、

多くのティチャーは多分活性化の事を言っているのだと思います。

それとは異なりチャクラ開花したと言う方もいます。

またヨガをしている方やクンダリニー覚醒したという方がよく開花と言う事を言っている方もいますが、

もし開花があったとしてもこれだけでは心の進化はできないのです。

心を自由にしないと。意識が広がっていけないのです。

ガラス越しから、蝶が外に出ていけないように心も広がって行けないのです。

矢は放たれたのです。

一旦、矢は放たれたのなら途中で失速したら、落ちてしまいます。

それは危険なのです。

だからいつまでもそこに留まっている事はできないのです。

執着をすて精進していかないといけないのですパー