イエスキリストは、イスラエルに生まれたときは、大工という職人の子供としてである。

つまり人は、生まれによって、聖者になるのではなく、正道の実践の積み重ねによって悟り、

他人が聖者と呼称するのだ。

聖者は、偉大なる智恵と勇気によって、最善の努力をし、

すべて足ることを悟り、一切の執着から離れ、

迷える衆生に愛の手を差しのべ、救済して、太陽のように暖かく、

広い大きな心で常に謙虚、人類は皆兄弟だということを悟っているのだ。


そして神の名を語る偽善者に気をつけよ。

彼らは自らの心を悪魔に売り、言葉巧みに人々に近づき、

不調和な霊城を造り出す。

いう事と行うことに大きな矛盾があり、足ることを忘れ、自らの懐を肥やし、

他人にへつらい、増上慢な態度で終始する。

神の罰というおどしで人々の心に足枷をはめ、自由を奪う者達だ。

高橋信次 心の発見