こんにちは。

ruroです。


洗濯しても、料理しても、片づけても、翌日にはまた同じタスクがやってくる。


どれだけ手を動かしても、結局は「やっとチャラ(±0)に戻った」だけで、誰から褒められるわけでもない。

​夕暮れ時のキッチンでふと、「私、今日いったい何をしていたんだろう……」と、言い知れない虚しさがよぎる瞬間がある。

​世間ではよく「見えない家事」「名もなき家事」と言われる。

もっと苦労をわかってほしい、たまには労ってほしい――そう言いたくなる気持ちも、もちろんある。

​けれど、「見えていない人に無理にわかってもらおうと、エネルギーを使う必要なんてない。」

​世の中のプロの仕事だって、表に出ない裏側の地味な調整や下準備といった「見えない部分」が9割だったりする。
だけど、それによって確かな価値が提供されているからこそ、結果として敬意が生まれる。

​家事も、お金や時間のやりくりも、ただの「消化試合」や「マイナスをゼロに戻す作業」として捉えているうちは、ただの苦行でしかない。

​でも、ふと視点を変えてみる。

限られた手札の中で、「ここからどうやって家族の満足度や暮らしの面白さを引き出そうか」と考え始めたとき、それは単なる雑用から「ひっそりと奥深いディレクション(編集)仕事」に変わる。

​(もちろん、日々のスケジュールや心に余裕がないときは、そんな高尚なこと考えられなくて、マイナスを押し戻すだけでHPがゼロになる日だってたくさんあるけれど。)

​『分かってほしい』と外に向かって叫ぶよりも、自分がやっていることの意味を、自分が一番知っていればいい。

​誰もその裏側の苦労を見ていなくても、自分の采配と編集によって、今日も心地よい空間や温かい食卓という「確かな価値」がこの場所に生まれている。

​見えないものを分かってもらおうと必死になるエネルギーは、もっと自分たちの暮らしを面白がるために使いたい。

​誰にも褒められなくてもいい。

私たちが手元で生み出しているこの小さな成果を、今日も一番近くで、ただ静かに面白がり、誇っていよう。


 

 


 

 

 


 


 


Oisix(オイシックス)食材宅配おためしセット