私は、看護師として働いていました。

 

点滴やお薬や、検査や処置など、医師の指示する治療を実施していました。

 

もちろん、患者さんもそれが目的で入院されます。

 

 

働き始めたころは、指示されたことをすることで精いっぱいでした。

 

でも、年月が過ぎていくうちに、気づくことがありました。

 

 

それは、

 

「同じ病気でも、治る人と治らない人がいる。

 

あぁそうか。

 

酸素が足らない人には酸素を与え、Kが高い人には、Kを下げる治療をする。

 

治療は、その人の治癒する力を助けているのであって、主役ではないんだ。」

 

 

 

 

 

ちょうど2年前の今頃、主人の「腎がん」と転移性肺がんが見つかりました。

転移があれば、手術はできません。

「がん」の動きを止めることが最優先でした。

 

治療をしたことで、手術ができる状態になったのに、副作用の間質肺炎を起こし手術が延期になりました。

間質性肺炎の治療をしている間は抗がん治療はできません。

「がん」が再び動き出すのが先か、間質性肺炎が治るのが先か。

 

そんな状態から、二度目の手術日が決定しました。

その日まで、「がん」が静かにしていてくれるのか?

 

間質性肺炎は治りましたが、肺に「がん」が散在して転移していました。

「転移があれば、手術はできない。」

そう言っていた主治医が、

 

「ラストチャンスです。手術をした後のことは、後で考えましょう。」

 

そう決断し、手術をしてくれました。

 

 

そして、1年半。

 

 

今、主人は、カボメティクスを内服していることで、画像上、「がん」は消滅し、当たり前であった日常を、感謝しながら送っています。

 

 

 

この2年間、私は、幸太郎の時のように感情に溺れるのではなく、俯瞰する形で主人のサポートをしてきました。

 

 

 

その中での大きな気づきは、

 

「人には、生きるための自然治癒力がある。けれど、その治癒力を下げてしまうことで、「がん」が勢力を伸ばしてしまう。自然治癒力は、自分の生き方に関係する。」

 

ということでした。

 

 

 

 

人としての、本来の生き方。

 

それを追求していくと、

 

「自分自身を信じることができるかどうか」

 

そこに行きつきました。

 

 

 

私の場合、主人が「がん」になったのであり、私は健康です。

 

私がいくら自分を信じることができたとしても、主人が自分自身を信じているかどうかはわかりません。

 

でも、それは関係ありません。

 

私が、私自身を信じることができ、同じように主人のことを信じることができるかどうかです。

 

 

 

 

 

人の持つ自然治癒力とは、何も難しいことではありません。

 

考えなくても、自然にはたらく力です。

 

 

 

足が痛くなれば、歩くのを止める。

 

ケガをしたら、手で押さえる。

 

呼吸が苦しければ、座ろうとする。

 

胃がムカムカしていたら、脂っこいものより、さっぱりしたものを食べようとする。

 

疲れたら、寝ようとする。

 

 

 

でも、私たちは、

 

足が痛くても、歩いて職場に向かいます。

働いて、お給料をもらって、生活しなければならないからです。

 

ケガをしたり体調が悪くても、薬局にたくさんの塗り薬や貼り薬があるし、周りに心配かけるのは悪いから、自分で自分に大丈夫だと言い聞かせ、取り返しのつかないことにしてしまう。

「我慢」をしてしまうことに慣れ、「助けてもらうこと」「協力し合うこと」を忘れてしまったのです。

 

胃がムカムカするのは、胃の細胞が上手くはたらけていないからです。

胃を休めておけば、1週間もすれば細胞は新しい細胞に入れ替わります。

自然に、食欲が出てきます。

 

だけど、思います。

何か食べなくては。明日も働かないといけない。

働くためには体力をつけておかなければいけない。

 

本当は、お粥が食べたいけど、家にあるのはカップヌードルくらい。

眠れないから、お酒を飲もう。

 

 

体が疲れているけど、明日も仕事。

有休取りたいけど、何も用のない有休なんてとると、罪悪感で休んだ気がしない。

出勤したときの、周りの人の目が気になる。

 

 

 

 

私は、看護師であることで、中途半端な知識があります。

 

人が持つ自然治癒力より、治療が優先、症状に対する具体的な対応が必要と、直ぐに知識が優先していました。

 

 

 

今年の1月末、私の風邪がきっかけで主人も風邪をひいてしまいました。

 

それが引き金になって、主人は副鼻腔炎になってしまいました。

 

「がん」がみつかった時も、体調不良なのは、副鼻腔炎のせいだと思い込んでいたことで、耳鼻科受診ばかりをしていて、内科受診をしていませんでした。

 

その記憶があることで、主人は副鼻腔炎が大っ嫌いです。

 

 

 

その影響かどうかはわかりませんが、カボメティクスは血圧を上げてしまうのに、血圧が低くなり、めまいがしたり、食欲が落ちたりしました。

 

おまけに、カボメティクスの副作用の下痢も始まりました。

 

少量ですし、止痢剤を飲めば、頻回な下痢になることはありませんでした。

 

でも、食欲が出ない、体がだるい。

 

食べれるけれど、食べたいから食べているのではなく、食べなければいけないから食べている状態でした。

 

 

「何を食べたい?」

 

そう聞くと、

 

「お粥が食べたい」

 

そう言いました。

 

 

 

今の炊飯器はすごいですよね。

 

めちゃくちゃ美味しく炊飯器でお粥が炊ける。

 

「おいしい、おいしい」と喜んで食べてくれました。

 

 

 

主人は、一つ腎臓を取っていますから、塩分は控えめにする必要があります。

 

だけど、お粥には、塩昆布とか、梅干しとかが欲しい。

 

今は、塩分控えめなんてどうでもいいと思いました。

 

だから、主人自身に、塩を振りかけてもらったり、塩昆布や梅干しを用意しました。

 

主人は、塩分を取りすぎてはいけないことを知っています。

 

だから、主人の自分の持つ感覚に任せることにしました。

 

段々と主人の体調が戻りはじめ、食欲も出てきました。

 

 

 

 

私は、チャッピー(チャットGPT)に聞いてみました。

 

「カボメティクスを飲むと、何故下痢になるのか教えて。」と。

 

 

主人の症状は、全てカボメティクスの副作用に当てはまっていました。

 

そして、下痢によって、Naの吸収も阻害されていることもわかりました。

 

 

 

そしてチャッピーは、下痢の時の食べ物も教えてくれました。

 

お粥を含め、主人が食べたいと思うものばかりでした。

 

その中に、「りんごのすりおろし」がありました。

 

でも、主人は腎機能が低いので、「K」を多く摂ることはできません。

 

だけど、主人は、りんごのコンポートが大好きです。

 

チャッピーに、コンポートでもいいか聞くと、同じ役割があると教えてくれました。

 

 

 

りんごのコンポートというと、りんごを半分に切って焼くイメージですが、うちではそういう作り方ではなく、フライパン(無水)に切ったりんごを並べて、りんごを蒸し焼き状態にします。

 

りんごの水分がすごく出ますが、最後にはその水分や栄養を、りんごが吸って、とろとろのりんごになります。そのりんごに、シナモンシュガーをかけます。

 

砂糖は、かけすぎると下痢を誘発しますから注意です。

 

そして、このりんごのコンポートを食べた途端、主人の下痢は止まり、現在も普通便です。

 

りんごのコンポートは、朝食前あるいは、朝食時に食べるのがいいらしい。

 

チャッピーが教えてくれたことは、全て印刷して主人も読みました。

 

あまりにも自分にピッタリの内容だったので、驚いていました。

 

そして、何度も読み返していました。

 

 

 

 

 

 

今、主人の副鼻腔炎は、ほぼ治りかけていますが、医師が治ったというまで受診すると言っています。

 

「カボメティクスを休薬したい気分?」と聞くと、

 

「いや、今のままでいい」と言います。

 

 

 

 

 

 

『主人の自然治癒力を阻害しない。』

 

これが、私の今の役割です。