わたしは、毎日、時計を見ます。
腕時計だったり、携帯の時計だったり、壁にかけてある時計だったり。
毎日見て、毎日使っていますが、わたしは時計の構造を知りません。
ですから、調子が悪くなったり、動かなくなったり、壊れたりした時は、時計を修理してくれる所へ持っていって修理してもらうしかありません。
でも、そこへ持っていけば、直せる時計なら直してもらうことができて、再び使う事ができます。
悩みの構造がわかった時、この時計と同じだと思いました。
「悩みの構造がわからなければ、治すことができないんだ。」
そう思いました。
何故、腹が立ってしまうのか。
何故、心がえぐられるような想いになるのか。
何故、怒ってしまうのか。
何故、悲しいと思うのか。
『自我の世界』にいたわたしは、わたしにそんな想いをさせるのは、「あの人のせい」だと思っていました。
「あの人が、あんなことを言わなければ、わたしは傷つくことはなかった。わたしが、どんなに傷ついているのか、あの人はわかっているのか?自分がどんなひどいことをしているのか、わからせたい。明日、この気持ちを話そう。」
そう思っていたのに、一晩寝て朝を迎えると、
「まぁいいか。今度、同じようなことがあったら言う事にしよう。今回は、波風立たせないでおこう。」
そんなふうに思い直して、いつものように職場で働いていました。
悩みは、つきもので、血縁関係にある家族でさえ喧嘩したりするのですから、赤の他人なら意見が合わないのは当然。
感情を抑えて、上手く付き合っていくことが大人。
口ごたえしたり、文句を言ったりするのは、大人げないこと。
その時、我慢すればいいだけのこと。一晩寝たら忘れることだってある。
そんなふうに、自分の感情と世間と、上手く付き合っていけることが、大人だと思っていました。
そんなわたしの当たり前が、当たり前ではなくなった出来事が起こりました。
親しくしていた知人がいました。
最初は良かったのですが、親しくなると段々と、上から目線で話しをしてくるようになり、いつも説教されているような気分になり、会うのがイヤになってきていました。
その知人から、LINEがきました。
相変わらず、わたしを説教するような内容です。
わたしは、凄く傷つき、もう会いたくないし、LINEも返信したくないと思いました。
このまま無視したいと思いましたが、無視してもこの関係は変わらないから、はっきり言おうと決めて、LINEで、わたしはとても傷ついたことを書きました。
そうすれば、きっと謝ってくるだろうと思ったのです。
謝ってくれれば、わたしの気も治まる。そう思ったのです。
ところが、知人の返事は違っていました。
「今までにも、そんな人はいなかったか?」
と、返信してきました。
“え? どういう意味?”
そう思いましたが、過去を思い出すと、知人と同じように威圧的な存在だった人が、4人いたのです。
“近所の女の子、高校の教師、大阪の病院で働いていた時の上司、福祉事業で働いていた時の同僚”
知人に、「4人いた。」と、LINEで返信しました。
すると、知人は、
「もう一度、私が書いたLINEの文章を読んでみて。」 と、返信してきたので、わたしは知人のLINEを読み返してみました。
すると驚くことに、あれほど威圧的で、説教じみていて、わたしを傷つけた文章だったのに、ただの文章に変わってしまっていたのです。
なんでもない、ただの文章で、「そうだね。」程度で返信できるような内容だったのです。
この時のわたしは、なぜそんなことが起きたのか全くわかりませんでしたが、
傷つくとか、悲しく思うとか、いわゆる悩みとなるような出来事は、過去の記憶に影響されているのかもしれない。と気づいた体験でした。
さっきまで、もう会いたくないと思っていた知人が、ただの知人になって、その後も知人としてお付き合いすることになりました。
この知人との出会いは、西洋医学バリバリの看護師で、合理的で根拠のないモノには全く興味のなかったわたしに、スピリチュアルの世界を知ることになるきっかけをつくってくれました。
この知人との話しや、LINEのやり取りの中で、わたしは、自分の胸に感じる感覚を研ぎ澄ましていくことができるようになりました。
胸の中がモヤモヤしている状態で知人にLINEをして、知人の返信を読むと、必ずイヤな思いをすることがわかったのです。
それは、知人がどうのこうのということではなく、わたしが、悪い方に捉えてしまうのだということがわかったのです。
7年間、その知人と関わったことで、わたしの意識の位置は、頭の中ではなく、胸の奥へと変わっていきました。
誰と話しをしていても、何をやっている時でも、常にわたしの意識は胸の奥にあり、クリア(ゼロ点)にするというクセをつけてくれたのは、知人のお陰です。
その知人とは、いつの間にか会わなくなって3年以上になりますが、その知人がいなければ、この感覚を知ることはなかったと思います。