「なんで、いつもこうなるんだろう。」
「そんなこと、思ってもいないのに、どうして誤解されてしまうんだろう。」
「どうして、思うとおりにならないんだろう。」
そんな体験は、数えきれないほどしてきました。
ある本には、『潜在意識を書き換える』と、望みが叶うと書かれていました。
ある本には、『潜在意識の上書きをする』と、望みが叶うと書かれていました。
「そうなのか 潜在意識を書き換えればいいのか
」 そう思ったけれど、
だけど、いったい潜在意識って、何?
潜在意識は、わたしの意識の奥深くにあるらしい。
だのに、どうやって、わたしがどんな潜在意識を持っているのか、わかるんだろう。
お金が貯まらないのは、何かそういう、お金が貯まらせないような潜在意識をもっているのか?
じゃあ、どうやって潜在意識を変えるんだ?
もう、遠い昔になりますが、思う通りにならない現実を、何とか思う通りにできないものかと、誰か教えてくれないかと、本を読みあさったものでした。
わたしがわかっている表面意識(顕在意識)は、たったの5%だという。
で、潜在意識は、95%
これを、どうやって書き換えるというのだ?
もう、意味のわからない世界でした。
この世には、法則が存在していました。
『陰陽一対』という法則です。
わたしは、奥深いところまではわかりませんが、
「『陰』と『陽』が合わさると安定する。」
と思っています。
ちょうど、
磁石の「S」「N」のようなもので、「S」と「N」が、引き合うようなイメージです。
安定したいので、相反するお互いを、探し合うようなイメージです。
わたしの体験上ですが、
潜在意識は、95%一気にわかるものではありません。
今のわたしにピッタリの潜在意識が、ピッタリのタイミングで浮上してくるようです。
そのタイミングは、わたしにもわかりませんが、
浮上してきたことは、わかります。
それを教えてくれるのが、感情です。
不安、恐怖、辛い、悲しい、苦しい等々の、重い周波数を持った感情です。
感情は、感情であって、人間が持つ当たり前のものであって、感情があるから人間なんだと、当たり前のように思っていましたが、
この感情が現れたタイミングが、『陰陽一対』にする、タイミングでした。
表面意識を、『わかっているわたし。』
潜在意識を、『わかっていないわたし。』とします。
今、わたしが何を思って、何をしようとしているのかわかっているのが、『わかっているわたし』です。
わたしは、この『わかっているわたし』が、わたしであって、これが全てのわたしだと思っていました。
でも、そうではありませんでした。
『わかっているわたし』の裏側に、必ず、『わかっていないわたし』がいたのです。
表側にいるわたしが観ている外の世界は、
このわかっていない裏側のわたしが現実世界を創造した結果を観ていたのです。
表側のわたしと、裏側のわたしが、全く同じことを思っていれば、言動も行動も一致していきますし、現実の世界にも、それが現れます。(人間社会でいう、良い悪い、善悪は関係なく。)
ところが、
表側のわたしと、裏側のわたしが、真逆のことを思っていると、優先されるのは、裏側のわたしなのです。
イメージでいうと、
車の免許を取る為に、表側のわたしが、一生懸命にテスト勉強したり、何度も車に乗ることで、いつの間にか表側のわたしが、別のことを考えていても運転ができるように、
表側のわたしが、車の運転方法や交通ルールを完全に覚えてしまえば、裏側のわたしが運転してくれるのと同じです。
表側のわたしは、右に曲がるとか、左に曲がるを指示しているだけで、ボーッっとしていると、何処か別の道を走っていることもあるでしょうが、車の運転はできています。
運転しているわたしが、何を思おうが、車を止めない限り、車は走り続けるように、
表側のわたしが、何を思うおうが、裏側のわたしに気づかない限り、現実世界を創造し続ける。
みたいなイメージです。
表側のわたしが、
「お金が欲しい。」と思う時、
裏側のわたしは、
「お金がない状況を創っている。」ということです。
裏側の「お金がない」と思っているわたしに気づけば、お金が手に入るのか。と思ってしまうかもしれませんが、意識の世界は、そんなに甘くない。
「お金」というのは、目に見えるモノで、物質なので、これは結果です。
「お金」という物質を手に入れたければ、働けばいいだけのことです。
お金がない状況を創っているのは、自分自身であることに気づいて認めることです。
入って来るお金より、支出が多ければ、当然、お金は無くなっていきます。
その支出は、自我欲に任せたままの買い物をしているとか、見栄を張っているとか。
働くのが面倒だと思っていたり、朝早く起きるのはイヤだとか、家にいてダラダラしていたいとか。
わたしは、もっとお金をもらえる価値がある人間だと、こんな安月給で働いているなんてまっぴらだと、今、目の前の仕事をいい加減にしているとか。
そんな裏側のわたしを映し出してくれるのが、『鏡の法則』です。
同じ職場で働いている人に、
ダラダラ働いて、いつもいい加減な仕事をしている人がいて、その人を見ると、腹が立ってくるなら、
それが、裏側のわたしです。
「いえ、絶対にわたしは、テキパキ働いているし、いい加減な仕事なんてしていない!」
そう思います。
でも、自分をよく観ると、
人がいる前では働いているように見せているけれど、誰も見ていないところでは、いい加減なことをしているかもしれません。
または、職場ではテキパキしていても、家ではその様子が反転しているかもしれません。
わたし自身、
「絶対にわたしは、そんなわたしじゃない!」
そう何度も何度も思うことがありました。
でも、100%いえ、1000%、わたしそのものでした。
『鏡』として観るのは、相手の言動や動作という、観えるモノではありません。
「ダラダラ働いて、いい加減に働く職場の人」
という見方をすると、裏側のわたしが観えません。
「ダラダラ働いて、いい加減に働く職場の人」を見て、どうしてわたしは腹を立てているのか。
同じ給料をもらっているのに、真面目に働いている自分が、損だと思っているのか。
家族の誰かのことをそう思っているのか。
どんなに真面目に働いても、わたしなんかどうせ・・・と思っているのか。
来る日も来る日も、真面目に働いていた両親なのに、いつもお金に不自由な思いをしていたのか。
100人いれば、100通りの世界で生きているので、捉え方は、100人いれば100通りあります。
「裏側のわたし」がわかるのは、わたしだけです。
「絶対に、そんなわたしはいない。」 と否定し続けるより、
「確かにそうだ。本当は、そう思ってる。」と、心底認めることができれば、その狭い世界から抜け出すことができます。
他人を誤魔化すことができても、わたしのことを誤魔化すことは一切できないのが、意識の世界です。
必ず、裏側のわたしが『鏡』に映ると、感情が反応します。
このタイミングが、潜在意識の一つ一つを解除していけるタイミングです。
「95%という膨大な量を、一つ一つ解除していくんかい!やってられんわ!」
そう思うかもしれませんが、
一つの潜在意識には、色々な潜在意識が紐づいているのか、最初は一つ一つのように思えますが、ある程度まで繰り返すと、一気に加速し始めます。
そこまでいくと、重い振動を感じても、感情に振り回されることはなくなっていきます。
でも、霊性進化プロセスというのは、こんなもので終わりませんよってに。
常に進化し、留まることを知りませんから。
それに、もう感情に振り回されている場合じゃないと、そう思います。